恋人ごっこ


 
「似合う?」
「良いじゃん」
「シンプルでいいね。私が着ちゃって良かったの?」
「別に誰が着てもいいっしょ」
 
 いつもちゃんとした服着てるから、エプロンは俺が買った。汚れたら悪いし。都合よく居もしない女のために買ったと解釈されてるエプロンは、お前に似合うと思って買ったよ。髪を括ると、横から後れ毛が出てくる。なんかその、ふわっとした感じも、良いね。
 玉ねぎを刻む手際がいい。小気味いいリズムに合わせて楽しそうに揺れるのも、良いけどちょっと危ない気もする。大丈夫なんだろうけど。料理は小さい時から好きで、趣味らしい。あとは、味の好みが合う。ちゃんと計ってるわけでも無いのに大体何でもうまい。
 
「チーズ買うの忘れちゃったね」
「なくてもうまいからいいんよ」
「嬉しいこと言うね」
「まあね」
「元気なったじゃん」
「ふは、そうね。腹減って忘れたわ」
 
 得意げな顔をすれば、包丁の音が止まる。俺を見て、呆れたみたいに微笑んで、また包丁に視線が戻った。実を言うと、そんなに凹んでる訳じゃない。呼び付ける言い訳になると思って、ちょっと大袈裟に凹んでるぶったのは、バレてないなら良かった。自分の料理で元気になったと思ってくれてるなら、その方が良いや。まだ食ってねぇけど。
 
「ひぇっ」
「冷たそー」
「常温に戻す時間があれば置いとくんだけどねー」
 
 使い捨てのビニールの手袋は、こいつが買った。俺もそこまで潔癖じゃないって言ってんのに、なんか気を使うらしい。手も汚れないし良いんだっていうから、それなら好きにしたら良いと思うけども。捏ねられていく肉の塊を眺める。まだ形にもなってないけど、うまそうに見えんのは何なんだろうな。
 
「ハンバーグってさあ、味見出来んくね?」
「だよねえ」
「何でいつも美味いん」
「さあ、分かんない。勘?」
「勘がすげえのよ」
「あんまり味安定しないから、そういうの好きくないと思ってたわ」
「だからさあ、どんだけ神経質と思ってんの」
「神経質でしょ。あ、フライパン出して欲しい」
「あいよ。まあそうだけどさ」
 
 てかさあ、色々気にすんのに、一人でのこのこ男の家に上がり込む事に対しては気にしてないんよな。そう言うとこはちょっと、いや、大分抜けてる。キッチンに回り込んで、フライパンを引っ張り出してコンロに置く。
 もし今、突然後ろから抱き寄せたりさ、無理やり組み敷いてやったらどんな顔するんだろな。無防備なうなじを目の前にしてふと思った。まあ絶対にせんけど。悲しむような事はする気は無いし、勝機もないしな。驚くほど意識されてないからね。残念ながらね。
 
「こっちまで来たならレタスちぎるのくらい手伝おうよ」
「は、嫌だよ」
「今後の料理案件のためにさ、お手伝いもした方がいいよ?」
「料理案件は来ねえし、レタスぐらい練習しなくてもちぎれるわ」
「あ、出来る?ならやろう?ほらほら」
「えぇ?しゃーねぇなあ」
 
 ハンバーグ捏ねてる横に並んで、レタスちぎってさ。あーだこーだと話をして、なあ、これどう言う関係?そうね、ただの配信者とそのマネージャーね。頭おかしくなりそうだ。ま、その辺は別に何でもいいんよ。しばらくは勝手に恋人ごっこを楽しんどくからさ。手が塞がってるのをいいことに、額を小突いてやる。楽しそうに怒るじゃん。いいね。俺も楽しいよ。


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