あなたのことを教えて







「目押し上手くなってきたじゃん」
「ちょっと分かってきたかも」
「そしたら次はーー」


自分の台はそっちのけで、こちらに椅子を寄せて熱心に説明をする姿を話半分に見ていた。演出って言うのかな、アニメーションが流れてるけど、放っておいて大丈夫なのかなとか、真面目に教えてくれてる姿勢がこの景色と騒音には不釣り合いだなとか、ただただもっと近づきたいだけでスロット教えてよなんていった自分の不真面目さの方がこの場所に適してる気がするな、とか考えていた。ボタンの押し方の話の中でレバーに触れるところがあって、前屈みになって更にこちらに近づいてくる。褐色と銀が思っていたより近くに来て、緊張して少し息を詰めた。三角のピアスが視界の中で小さく揺れている。


「聞いてる?」
「うん、スイカが出た時はバー狙って押す。だよね」
「そ。下段にスイカの時ね。他は適当でいいよ」
「はぁい」


間延びした返事にイブくんが少し心配そうに眉を下げた。楽しんでるか?と聞かれて、案外楽しいから困ってるよ。と返すと、少し安心した様に微笑んだ。
その言葉はあながち嘘じゃなくて、少しやってみればすぐ飽きると思って道すがらのパチスロの看板を指差したのに、思いの外楽しくて、既に予定していた退店時間は過ぎてしまっていた。


「飽きたらタピりに行ってもいいぞ」
「タピオカ好きだよね」
「女ってタピオカで機嫌治らんの?」
「それすごい偏見。むしろ今時タピオカで機嫌治るのはイブくんぐらい」
「ふは、マジ? んまぁ飽きたら言ってなってことで」
「オッケー」


イブくんが椅子を元に戻して、アニメーションが止まった台のボタンを叩くと、ベルの柄が揃った。揃った!と思ってイブくんを見上げると、喜ぶでも悲しむでもなくまたレバーに手を掛けた。さっきもそうだった。スロットって絵柄を揃えるのが楽しいんだと思ってたのに。私の視線に気付いて、こちらをちらりと一瞥してまた画面に目線を戻した。
「今のは演出で確定。こういうのない時も、レバー倒した時点で何出るか全部決まってるんよ」
そう言って、表情をぴくりとも変えずにレバーを倒してボタンを叩く姿の方が、楽しんでるか?と聞きたくなるけど、真剣にスロットを見つめる眼差しに退屈さは混じっていないように見えるので、楽しいということなんだろう。それに倣って私も淡々とレバーを倒してボタンを叩く。1人で来ていたらもう止めているであろう作業も、今日だけは楽しく感じた。


◇◇◇




「ビギナーズラック出んかったなぁ」
「ハマるなってことなのかな」
「それはそう、ハマられるのは困るわ」


結局その後も特になにか当たるわけでもなく、何回転だったか忘れたけど、とりあえず一定数回したから。と言われて一緒に店を出た。いわゆる、負けたという状況がこれなんだろうか。実際楽しかったし、損をしたとかそういうのはあまり感じなかったけど、嬉しくも悲しくも無くて、どんな感情で居たらいいのかはよく分からなかった。店内の独特な匂いに鼻が慣れていたぶん、外の空気が美味しく感じる。デート服で来るところでは確実に無かった事だけは分かった。
ずっと座っていたから体が固まってしまった。うーんと伸びをしたら、お疲れ。と頭の上に手が降ってきた。


「背伸びしちゃったカナぁ?」
「子供扱いしてない?同い年ですが」
「えぇ!?そうだったんですか??」
「いや流石にそれは知ってるでしょ」


ガハハと笑う勝気な笑顔は、負けたことに苛立つわけでもなく、のんびりと、ただその場を楽しんでいる。だから私ものんびりと2人の時間を楽しむことにした。昼下がりの街並みも、それを肯定するかのように気怠げな空気が流れている。


「あんまり無理して合わせんでもいいんよ。」


そうは言われても、一度くらいはやってみたかったし。好きな人が楽しそうに話してることは私も気になるってだけなんだけど。
元々友達の友達みたいな遠い距離から始まった関係だから、確かにイブくんの事をいっぱい知りたいって気持ちが強すぎたかもしれない。ちょっと焦りすぎかなあ、次はカードとか、ゲームもやってみたいと思ってたんだけど。「無理はしてないんだけどな。」と呟いて足先にある小さな石ころを蹴った。


「…んじゃ。この後は、一緒にゲームとかどうですか」
「えっ」
「……ウチで、になるけど」


思考を読み取られたような提案に驚いてイブくんを見上げたら、いかにも照れています。って感じの言い方で付け足すもんだから、私も照れながらこくりと頷いた。2人の目線は宙を漂って、どちらともなく遠慮がちに交差する。それを合図にイブくんが足を進めたので一緒に歩き始めた。歩く速さは私を気遣って少しゆっくりすぎるほどにゆっくり。これもいつか、ちょうど良い速度になるんだろうか。遠慮がちに裾を掴んだら、腕を少し浮かせて腕を組むように促されたので、素直に従った。


「なんかゲーム以外でやりたい事とかあれば」
「ん?」
「…俺の趣味ばっかなのも嫌じゃん」
「ふふ、無理して合わせんでもいいんよ」
「無理してないし、おもんないと思ったらちゃんと言うぞ?俺は。」
「なにそれ、私も言うよ?」
「じゃあスロはどうだったん」
「んまぁー…悪く無かった。けどもう一回行くかって聞かれたら、行かない」
「ふは、それ聞いて安心した。で、なんかある?」
「どうしよっかな。ツタヤとか寄っていい?」
「いいよぅ」


全く違う道を歩んでいた私とイブくんが、歩み寄って少しずつお互いを知っていく過程。なんだか初々しくて、楽しくて、嬉しくて、口角が上がる。イブくんも機嫌が良さそうに微笑んでいるので、同じような事を考えてくれていたらいいなと思った。
お家でゆっくりするなら、ドラマとか映画でも見るのが良いかなと思ったけど、恋愛ドラマを静観するイブくんって想像がつかないし、まずはアクションものの海外ドラマでも一緒に見てみようかな。





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