まどろみ朝日とまんまる卵


 お互い数分前から目覚めていることは分かっていたけれど、どうにも頭が働かない。今にもまた眠りに落ちてしまいそうだ。おはようの一言を発しようとした喉が掠れていて、力無く吐息が漏れた。
 頭が働いていないのはイブも同じみたいで、さっきからモゾモゾと隣の布団が動くだけで、特に何をするわけでも無い。意識が覚醒していくまでぼんやりと眺めていれば、気怠げに喉を鳴らしながら寝返りを打ってこちらを向いた。いいポジションが取れないのか、機嫌が悪そうにすこし眉を顰めながら、軽く目を瞑っている。
 

「疲れちゃった?」
「ん…べつに?」
 

 まだ掠れたままの声で話しかければ、まだ微睡の中といった低い声が返ってくる。だんだんと目覚めていくと同時に感じるのは、身体が軋むような優しい重みと疲労感。じわじわと昨日の出来事を思い出させる。朝の柔らかい陽射しとイブの静かな寝顔は昨日とは正反対で、特に何という日でもなかったのに、どうして昨日はあんなに盛り上がったのか、息遣いや余裕の無い表情が記憶の中をじわじわとぶり返して、頬が熱くなる。
 もぞりと動いたイブが細く目を開ける。慌てて布団を頬まで被り直したけれど、私の様子にも気付くこともなく、また瞼は降りていった。脳の起動に時間がかかるタイプでよかった。小さくため息をついた。
 

「私は疲れたよ…」
「んー、疲れちゃったねぇ」
 

 布団の中から独り言のように呟いた言葉に、今度は肯定の返事が返ってくる。言葉の意味をやっと理解できたのだろうか。いや疲れてんのか、どっちなんよ。と心の中ではツッコんだけれど、まだ普通に会話できるほどのテンションでもない。ねー、と同意の一言を落とした。
 

「お腹減ったねぇ」
「減ったねぇ」
「ご飯ってまだあったっけ」
「んー、あったねぇ、知らんけど」
 

 気力は何もないと言うのに、身体は正直なもので、布団から出て肌寒い部屋を歩くことを面倒だと思いながらも、しっかりと腹は減る。二度寝に入るには邪魔すぎるだろうか。身体の中の欲求の戦いをで何となく他人事で考えていれば、隣で眉を顰めたイブがんー。と声を上げる。
 

「食べたいねぇ、ご飯ねぇ」
「うん」
「たまご落としてねぇ」
「お」
「卵かけご飯だねぇ」
「…ふふ、いいねぇ」
 

 とどめにお腹をグルル…と鳴らして情けなく笑う姿にはいつもの凛々しい面影は微塵も見当たらない。そうね、卵を落としてちょっとごま油をかけるんだっけ。箸休めに浅漬けもあったような。冷蔵庫の中身を思い浮かべながら、私のお腹もどんどん減っていく。
 

「今日収録だよね」
「そだねぇ」
「何時集合だっけ?」
「んとねぇ…」
 

 眉間に少し皺を寄せて、動かない頭を一生懸命に回して、多分十三時くらい…と絞り出すように答えてくれた。それなら出発は十二時ぐらいかと心算しておく。もう少しだけゆっくりしててもいいかな。無理に起こすのはやめにして、もう少しこの時間を楽しみたい。乱れた銀色の髪を流してあげると、くすぐったそうに首をゆるゆる振った。
 

「もうちょっと寝てていいよ」
「…いーの?」
「いいよ、時間になったら起こすから」
「あー…天才か……」
「私が来てるのに遅刻させるわけにはいかないからね」
「ふは、助かるわ」
「でしょ」
「毎日居てくれや…まじでさあ」
「ん………えっ?」
 

 突然飛び出した、まるで同棲のお誘いのようなセリフを理解するのに少し時間がかかった。理解した瞬間、飛びかけていた眠気は完全に飛んでいって、イブの顔をまじまじと眺めた。瞼が少し開いて、今にも眠りそうなとろんとした瞳が私を見てふにゃりと微笑んだ。特に何か考えて発した言葉じゃないことが分かって、少し脱力した。そんな私に向かってお返しと言わんばかりに手が伸びて、私の髪を雑に撫でて乱したかと思うとまた力なく降りていく。
 

「…結構すごいこと言うねぇ」
「は?…一緒に住もって言うのは…ちゃんと…タイミング見て言うから…ちげぇよ?今のはな?」
「そ…そうですか」
 

 そうなんだ、一緒に住もうってタイミング見て言われるんだ…いや、それ私に言う事じゃ無いんだよね。てかタイミングって何。
 私の動揺なんてお構いなしで、特に焦った様子もなくまた寝返りを打って気持ちよさそうに喉を鳴らすイブ。おそらく自分の言った事を理解していないし、何なら記憶にも残っていないかもしれない。
 

「んじゃもうちょっと寝るわ…おやすみ…」
 

 そう言ったかと思うと、ものの数秒で夢の中へと落ちていって、すっかり目覚めさせられた私だけがもう明るくなった寝室に取り残されてしまった。私も二度寝…と言うわけにも行かず、途方に暮れて辺りを見渡す。昨晩脱ぎ散らかした洋服たちとどうしようもない空腹が余計複雑な気持ちにさせた。ご飯を確認して、洗濯物を回す事からかな。起こさないようにゆっくりとベッドから降りた。
 

◇◇◇



「いやさぁ…あのさぁ……」
 

 少し経ってから、卵かけご飯に合うように味噌汁を作っているところに現れたイブが苦笑いしてこちらを伺っているから、面白くて笑いが止まらなくなったのはまた別のお話。


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