エンドロールは笑顔であれ
就職活動が必要ない分、我々が企業に頭を下げている間、彼らは作品作りにのめり込んでいた。
展示室いっぱいに広げられた土台は、何度見ても気が遠くなる。これらを彼らが手作業で設置したと思うと更に。奥でちひろと設計図を片手に語らっている頬には石膏がついたままの手で汗を拭ったのか、白い筋がついている。真剣な眼差しは私の気配には一向に気付く様子も無かった。扉が開いたことに反応したのは、手前で材料を整頓していたプティだけだった。奥の2人を見つめる私を不安げに見るので、微笑み返す。
「ん、差し入れ、持ってきた」
「ほわ!ありがとう!」
創設祭間近になった最近ののめり込み方は、更に激しい。4年生にとっては就職活動も兼ねながらの出展となる場合が多いので、簡単なもので済ませる、または出展しない事を選択する人も少なくない。たまに教授との相談の上に卒業制作を兼ねた作品になる時があって、その場合は大作が生まれることも稀にあるが、まさに今回彼等が取り組んでいるのはその規模の物で、恐らく今年1番の目玉になるだろうと噂されるほどの大きなものだった。もちろん、完成すればの話だけれど。
「イブヒム呼んでくるね」
「いいよ。集中してるし」
「そぉ?今なら割とキリいいし」
「ううん、しんどくなかったらだけど、続けててほしい」
「…えへへ、ありがとね」
「それじゃ、頑張って」
「おう!」
そんなに一生懸命になって、ふたりがそんなに可愛いか。なんて邪な考えは、広大な土台を見た時に一瞬で飛んでいった。皆の目が本気だったから。図面時点で誰もが無謀だと言う大きさの作品を、たった3人でやり切ると言うのに、紙の上の理想がそのまま骨組みになった現実の迫力に、誰も気圧されていなかったから。きっと彼らはやり遂げる。私とは違って、彼らはやり切ってみせる。そんな確信があった。だからこそ、その反面、胸が痛くなった。鞄の中の進路希望書は眠ったまま、その記憶をまた頭の底に仕舞い込んだ。
◇◇
「こっちこっち」
「見てもいいの?」
「当たり前でしょ。明日公開なんだから」
「そっか…完成してるんだ…」
「そうよ、興味なかったかもしんないけどね、実はね」
「無かったわけじゃないよ。むしろ逆」
差し入れを渡す時にチラリと覗くことはあっても、近くでじっと見るのは初めてだった。この時を新鮮な気持ちで迎えたくて、じっと見ないようにしていたと言った方が正しいかもしれない。そのことを伝えると、イブは嬉しそうに口角を上げた。
「んじゃ、開けますか」
展示室いっぱいに敷き詰められた城のジオラマはやっぱり迫力がある。イブの地元の国をイメージしたと言う洋風の街並みが並んでいて、その真ん中には大きな城が聳え立つ。要所要所のこだわりを嬉しそうに語るのをひとつも聞き逃すまいと真剣に耳を傾けた。
「このお城も実在してるの?」
「いや、これは俺が想像で作った」
「へ…城とかの建築史なんて取ってた?」
「取ってねぇよ。まあ本読みつつ、勉強したこと応用しつつ」
「マジか……」
「ふ、見惚れるじゃん」
「そりゃそうだよ。すごい綺麗」
つい見惚れていると、嬉しそうに微笑んでいた。
「ちょっとそこで待っててな。」
隣から部屋の電気が消される。そのあとすぐにパチリと音がして、ジオラマの電灯がオンになって、街が灯で照らされていく。夜の顔もまた綺麗だ。
「もっと綺麗っしょ」
「うん…本当の夜景みたい」
「もっと綺麗よ、本物行ったら」
きゅ。宙に浮いていた手を取られる。いつも綺麗な指はかさついて、傷だらけだ。労うように撫でれば、ふふ、と恥ずかしそうな微笑みが聞こえた
「こんだけでっけえもん作れちまうんだからさ、何でもできるんよ。人間さ」
自分に言い聞かせるような、私に向けたような言葉にイブを見上げると、薄く照らされた横顔が優しく微笑んだ
「イブが、皆がすごいから出来たんだよ」
「変わらんよ。皆んなも、俺もお前も」
「……」
差し出されたのは、ゴミ箱に入れたはずの留学申込書
「捨てたはずなんだけど」
「あれは捨てたって言わんでしょ。置いてたね」
「破っとけばよかった」
「破れんの、ほら」
「……」
「諦めきれてないじゃん」
「でも、リスクが高すぎる」
「まだやり直し効く年じゃん。それに、最悪ダメだったとしても、足りないとこは俺が何とかできる。金とか、そういうのはね」
どこまで責任を取るつもりでそんな言葉をくれるんだろう。きっとそんな具体的な事を考えている訳じゃないのは分かっているけれど、大きく描いた彼の未来の設計図の中には、夢に向かってまだ足掻いている私が存在しているという事だけは確かに伝わった。この建築のことも、学校中の期待や嘲笑を簡単に背負いこんで走り抜けた男の言う言葉だからこそ、甘えで背中を預ける訳にも行かない。返事が出来ない私のことをイブは急かす事も無く、代わりに繋いだ手を強く握った。
「色んな人が見に来てくれたらいいね」
「そうね」
「皆感動しちゃうよ。泣いちゃうね」
「盛りすぎじゃね?お前泣いてないし」
「え、泣いてるよ。見えない?」
「全然嘘じゃん。見せてみ?」
私を覗き込む瞳はいつもより輝いている。欲しいものを全部手に入れた満足げな瞳だ。久しぶりに触れた唇もかさついているのは、誰とも触れ合ってなかった証拠になる。久しぶりのキスをご褒美のように嬉しそうに頬を緩める姿が愛おしい。愛おしいからーー
「ほっといてごめん」
「思ってない」
「そうね、思ってないね」
「ひどい」
「お前がそうして欲しいって言うと思ったからね」
「そうね、私なんか構うようなら好きになってない」
「でしょ」
「待っててくれるの」
「たかが3年でしょ」
「たかがって」
「人生思ったより長げぇからね」
「離れたくないよ」
「そりゃそうでしょ」
「…」
「付いてはいかんけどな」
「それは知ってる」
「会いには行くから、めちゃくちゃに」
「めちゃくちゃに?」
「そりゃあもう、めちゃくちゃ」
煌々ときらめく城の一番高いところはちひろの部屋らしい。そこからなら島中を見渡せて、隣の塔のイブやプティの部屋まで見えるようになってるんだとか。綺麗にしとかんと怒られるな。と困ったように笑うイブのマンションは、私が掃除しなくてもいつも綺麗だから大丈夫だと思う。とてつもなく大きな作品も、祭りが終わったら解体しなければならない。皆で自分の部屋と、気に入った区画を持って帰るんだとか。飾るスペースは、私のアトリエ部屋にしてた所でいいよと言えば、その部屋は触る気がないと却下された。あの部屋はいつまでも私のアトリエらしい。掃除だけはたまにしておいてくれると嬉しいけれど。
「今までで1番の作品だね」
「そうね。最高傑作やね」
いつかずっと先の未来に、この景色の元になった彼の祖国に一緒に行くことはあるだろうか。その時に、この景色を、この会話を思い出して、懐かしいねって笑い合うような日が来ればいい。その時の私が、後悔ないくらいに輝いていればいいのに。
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