数時間前まで熱気に包まれていたステージを、隼人は客席から眺めていた。自分がここに立っていたことが信じられないまま、あっという間に時間が過ぎて行った。
どこか浮ついた頭で、ライブのことを思い返す。視界いっぱいに広がった赤色のペンライト、それからオレンジ色の景色。
震える手で弦を弾いたあの瞬間を、きっと、ずっと忘れない。
ぎゅうとギターのネックを握りしめ、声を枯らした。真っ直ぐ見つめた先には、いつも隣で俺のギターを聞いている君がいて。そう思ったら、なんだか心が軽くなって、俺の声、ちゃんと届いてて欲しいな、って。
隼人は、ステージの上から見た彼女の泣きそうな顔を思い出して、ちょっぴり照れくさくなった。
ブーッっと、ポケットの中で端末が震えた。通知を確認すれば、見慣れた名前が並んでいて、思わず隼人の口角は上がってしまった。
名残惜しい気持ちを抱えながら、彼は客席を後にする。そして、会場を抜け出し、そのまま通話ボタンを押した。
俺の声、届いてたかな。君の声、聞かせて欲しい。
「あ! あみ、今電話しても良かった?」
「うん、大丈夫だよ……って隼人くん、聞く前に電話してるじゃん」
「あ……あはは、確かにそうだね」
「私も電話したいなって思ってたから嬉しいよ」
「そっか、良かった!」
隼人は、ソワソワした気持ちでその場をぐるぐると回る。いつもなら、すんなりと聞けるのに何だか今日は緊張して、心臓がバクバクと音を立てている。まるで、初めて君にギターを聞かせたあの日のように。
意を決して、すぅっと小さく息を吸う。そして、彼女の名前を呼ぼうとした瞬間、彼女が彼の名前を呼んだ。
電話後しのはずなのに、目の前に彼女がいるような気がする。西日の差し込む教室に二人きり。そんな感覚だった。
「隼人、くん……すっごくかっこよかったよ」
「ほ、ほんとに……?」
「ほんと! ほんとだよ! 本当に、かっこよかった」
隼人は、全身の力が抜けてその場にしゃがみこんでしまった。急に黙り込んだ彼を不安に思った彼女の声が聞こえる。けれども、今は答えることは出来なさそうだった。嬉しさを噛み締めて、言葉が出ない。今すぐ会いに行ってしまいたいくらいだ。
「よ、良かったぁ〜……」
「隼人くんなら、絶対いいステージにしてくれるって分かってたけど、やっぱり実際目にしたらもっと良かった。楽しかったよ」
「ありがとう、あみ。あみにそう言って貰えてすっごく嬉しい」
えへへ、と溢れる想いが声になる。すると、今度は彼女の方が黙り込んでしまった。隼人は彼女の名前を呼ぶ。すると、小さく何かを言っているのが聞こえた。
「あみ? どうしたの?」
「あ、あのリバマスの声何?!」
「え、ええ?! な、何ってどういう……」
「……聞いたことない声だった」
隼人が担当したのは、神谷のパートだった。リスペクトを持って、少しでも神谷のパフォーマンスを取り入れられたらと思い、参考にした結果である。確かに普段とは歌い方を少し変えていた。それに気付いてくれたのも、隼人にとっては嬉しくて堪らなかった。
「えっと、あれは神谷さんを参考にして……」
「うん、すごく良かった」
「ほ、ほんと? 良かった。歌い方も変えたの気付いてくれて嬉しいな」
「……今度、カラオケで歌って欲しい」
小さくこぼした声を、隼人は聞き逃さなかった。普段よりも色っぽい声を意識して歌っていたことにも、彼女は気付いているのだろうか。隼人は、ぎゅっと手を握りしめた。
「う、うん。今度二人でカラオケ行こう」
そう隼人が答えた瞬間、背後から抱きしめられたことに気づく。まさか、と思って振り返るとそこには、電話をしていたはずの彼女が居た。
「あ、あみ?! なんで、」
「……ちゃんと、会って言いたかったから待ってたよ」
くるりと向きを変え、隼人は少し赤くなった彼女の頬を撫でた。本当は、俺が会いに行こうと思ってたのに、と言葉にするのを止めて、そのまま唇を重ねる。
ほんの数秒、目が合って、瞳に映る互いの顔が真っ赤に染まっていった。
「あ、こ、こんな所でごめん! いや、なんか、会いに行っちゃおうかなって思ってて、そしたら、あみいるし、なんか、あの……待っててくれてありがとう……」
隼人は、彼女の手を取り、ぎゅうっと握った。やっぱり少し冷たい。けれども、二人の顔は耳まで赤くなっていて、寒さなんてどこかへ行ってしまった。君に触れた瞬間に、体温が上がってしまったんだ、なんて。
「今度一緒にデートしようね、あみ」
隼人は、ふわりと笑って彼女に笑いかける。彼女もそれに答えるように、彼の手を握り返して笑った。そうして、どちらからともなく、月明かりに照らされた影が、もう一度重なった。