お疲れ様でした、と飛び交う声が聞こえる。隼人は、人混みをかき分け、人気のないホテルのエントランスまでやって来た。
ポケットから端末を取り出し、ピン留めされたトーク画面を開く。そして、迷うことなく通話ボタンを押した。
着信音が流れ、三秒。もしもし、と聞こえてきた好きな人の声に、自然と隼人の口角は上がった。
「あみ! あのさ、俺もあのステージに立てることになったよ!」
「うん、発表見たよ! おめでとう、隼人くん!」
「ありがとう。俺たち、High×JokerとCafe paradeが主役のライブ。絶対いいライブにするから楽しみにしてて!」
隼人は、ぎゅっと空いた手のひらを握りしめる。俺のステージを近くで見て貰える日が、やっと来た。彼は、さらに手のひらに力を込め、彼女の名前を呼ぶ。
「あみ、俺、頑張るよ」
「うん、頑張ってね。絶対見に行くから」
「ありがとう、って、あみの席なら俺が用意するよ?!」
「ダメ。自分でチケット取るから」
「は、外れるかもしれないのに……?」
「当たるから大丈夫」
「そ、そっか……」
彼女の語尾の強さに、思わず隼人は引き下がってしまった。一番いい席で、一番かっこいい自分を見て欲しい。好きな子の前で格好つけたい気持ちは、いつになっても変わらないままだ。
隼人は、走り出したくてうずうずした体をどうにかするために、ホテルを抜け出す。
さっきまで、人で溢れていたとは思えない静けさに、彼はぐるりと周りを見渡す。
あー、楽しかったな。ずっと、あの時間が続けばいいのに。
「あ、そうそう! 俺、トロッコ乗ってる時、あみのこと見つけたよ!」
「え?! よく分かったね?」
「そりゃあもちろん、あみはどこにいてもすぐ見つけられるよ」
隼人は、にこにこと笑って、足を進める。すると、視界の先に見慣れた人の姿を見つけた。
それは、どこにいても、見つけられる彼女の姿であった。
隼人は、通話を切り、彼女の元へ駆け出す。そして、ひらひらと手を振る彼女の手を掴んだ。
「え?! あみ?! 帰ったんじゃなかったの?」
「ここから家近いから、待ってたら会えるかなーって思って」
「言ってくれれば近くまで行ったのに。こんな所で1人で居たら危ないよ」
「サプライズだよ、サプライズ」
嬉しそうに笑う彼女を見ると、隼人はそれ以上何も言えなくなってしまった。そして、彼は掴んだ手がほんのり熱を帯びていることに気付く。これはもしかして。
「あみ、もしかしてお酒飲んだ?」
「よく分かったね。さっきまで、りおんちゃんと飲んでたんだ」
「あ、想楽さんの彼女さんか。って、尚更危ないじゃん」
あはは〜と笑う彼女だったが、隼人はそれどころでは無い。今日は彼女のことを送って帰ることは出来ない。どうしたものかとぐるぐる考えていると、ブーっと端末が震えた。
画面を見ると、春名からの通知である。そこには、まるで隼人の思考を読んだかのような文字が並んでおり、思わず彼はえっと声を上げてしまった。
「どうしたの?」
「あ、えっと、あみ帰りは1人?」
「うん」
「家まで送ってくよ」
「え、でも隼人くん今日ホテルでしょ?」
「うん。でも大丈夫、気にしないで。あみのこと1人で帰す方が心配だから」
隼人はそう言って、そのままあみの手を引いて歩き出す。もうすっかり記憶した彼女の家までの帰り道をなぞる。
家に着くまでの間に、何か言い訳を考えておこう。隼人は、ぼんやりとそんな事を考えながら、彼女を見つめた。
『今、彼女と会ってるだろ? 適当に嘘ついといてやるから、家まで送ってやりなよ』