ただそれだけ


見慣れない相手からの着信。
想楽は嫌な予感を感じつつも、通話ボタンに触れた。すると、電話口からは安堵する声が聞こえてきた。

「想楽さん、いきなり電話しちゃってすみません!」
「隼人くんからの電話なんて珍しいねー。どうかしたの?」

ユニットも違う隼人からの電話なんて、答えは一つしかない。分かりきっていることなのに、想楽はしらを切った。

「多分知ってると思うんですけど、今日亜実……お、俺の彼女と想楽さんの彼女さん、一緒に飲んでたみたいで、それでさっきりおんさんから亜実の迎えに来るように連絡が来て…」

知らない。想楽とりおんは数日前に喧嘩をしてから、連絡を取っていない。

だから、今日何をしているかなんて知るはずもなかった。無論、隼人はそんな事情を知るはずもない。彼はそのまま話を続けた。

「想楽さんが迎えに来るまで待ってようか聞いたんですけど、大丈夫の一点張りでいつの間にか帰ってしまったみたいで……亜実も相当酔ってるし、多分りおんさんも結構酔ってると思うんですけど……」
「わざわざごめんねー。あとで僕が探しに行くから気にしないで大丈夫だよー」
「い、いえ! こちらこそいきなりすみません! じゃあ、失礼しますね。お疲れ様です!」
「うん、お疲れ様ー」

通話を切り、想楽はため息をついた。指先は無意識に彼女の連絡先を開く。想楽はまたため息をついた。
別に迎えに行く必要なんてないし、僕の知ったことじゃないし。
そう頭では考えているのに、時間が経てば経つほど全身がむず痒くなってくる。同時に悔しいという感情も湧いてくる。割り切ってしまえたらいいのに、結局彼女には敵わないのだ。
想楽は何度目か分からないため息をつき、乱暴に上着と帽子を手に取り、部屋を飛び出した。



いつしかの秋を思い出す。行く宛もないのに、彼女の背中を追いかけたあの日。
想楽は、躊躇うことなく通話ボタンを押す。けれども、やはり彼女の繋がるはずがない。数日前のメッセージに既読もついていないのだから、着信に気付くわけもないのだ。

(隼人くんにお店くらい聞いておくべきだったなー……)

まだ少し肌寒い夜なのに、想楽の額にはじんわりと汗が滲む。体は重いのに、足が止まることはなくただひたすらに走り続けた。

どこまで来たのだろう。街頭の少ない道で、辺りを見回しても自分が今どこにいるかなんてわからなかった。
スマホを開いてみても、彼女からの連絡はない。いつの間にか、家を飛び出してから三十分経っていたらしい。
想楽は額に滲んだ汗を拭いながら、呼吸を整える。疲労もあり、徐々にむしゃくしゃしてくる。
見つけて帰らないと気が済まない、もう家で寝てるかもしれない。一人で店に入っているかもしれない。
もしかしたら、見知らぬ誰かと――
ぐるぐると回る思考と比例するように、目まで回りそうだった。想楽は一息つくと、再び足を動かした。

赤信号、足が止まる。俯いた視線の先に映るのは、真っ黒なコンクリートと何処からか落ちた水滴。それが汗なのかそれとも、なんて分からなかった。
小さく息を吐き、顔を上げる。青信号を進もうとしたとき――

同じくして、白線を踏む彼女と視線がぶつかった。
そして、ふいっとすぐさま逸らされる。

「ちょっと、バレてるからねー」

そのまま動こうとしない彼女の前に立ち、想楽は腕を掴んだ。



想楽は、とりあえずうちに帰るよと一言告げ、そのまま彼女の腕を引いた。彼女も何も言わずに、彼の背中を追う。
沈黙が続いて数分、それを破ったのは彼女の方だった。

「なんで、あんなとこいたの」
「それはお互い様でしょー。りおんこそ」

それだけ答えると、再び無言の時間が流れる。互いに聞きたいことはあるはずなのに、何となく口にすることを躊躇っている。

彼女は、想楽に掴まれた腕を見つめた。
強く握るわけでもないその手は、簡単に振りほどくことができる。そうしない、したくない理由なんて、とっくに分かっていた。
だからこそ、ほんの少し物足りない彼の体温に縋りたくなってしまった。
空いた左手で、想楽の手のひらを握る。
少し痛いくらいに。
振り向いた想楽が目を見開く。優しく名前を呼ぶと、くるりと向きを変え、俯いた彼女の顔を覗き込むように目を合わせた。
何だか恥ずかしくて、逃げるように顔を背けた。

「あ、亜実と隼人くんの話聞いてたら、謝んなきゃなって思って、その」
「……だからこっち来てたのー?」
「そうだけど……」
「電話でも良かったのにー」

いや、だからと反論しようとして顔を上げると、想楽と視線がぶつかる。
昔からその赤い瞳に見つめられると、全てを見透かされているような気持ちになるのだ。

「会いたかったー?」
「…………言わせられるのはなんだか癪なんだけど」
「えー? そんなことないんだけどなー」

彼女は目を泳がせながら口ごもる。想楽はにこにこと微笑むだけで、何も言わなかった。
言葉にしないだけで、目では全てを語っているのだけれど。

「そう、だよ。ちょっと会いたくなっただけ!」

ヤケになって言葉にしたら、カッと顔に熱が集まってくる。ああ、最悪だ。
何か言ったらどうなの、と言い返そうとするが、それは叶わなかった。
想楽に腕を引かれ、そのまま抱きしめられてしまったから。

「想楽くん?」
「僕も、会いたかったから。同じだねー」

そして、ごめんねと言う小さな声が聞こえた。
顔を上げようとするが、頭から抱きしめられているせいで動けない。想楽の名前を呼んでも、離してはくれなかった。

「ちょ、想楽くん?!」
「今僕の顔見たら許さないからー」
「え、いや今謝ってたじゃん」
「そうじゃなくてー……」

歯切れの悪い言葉に、モヤモヤする彼女は強引に想楽の拘束を解いた。
薄暗い月明かりの下でもわかるほど、耳まで赤く染った彼の姿に彼女もら釣られて顔を赤くした。

「もー……まあいいや。とりあえず帰ろうー」
「想楽くんち?」
「当たり前でしょー、今何時だと思ってるのー」

想楽は眉を顰め、彼女の手を強く握り返した。
このまま棘で刺してしまおうか、なんて考えているのは内緒だ。



「えっと、想楽さんこれは……」
「ちょっとしたお礼。良かったら彼女さんと食べてよー」

突然手渡された少し値の張るお菓子に、隼人は困惑した。礼をされるほどのことをした覚えは無い。
頭上にはてなマークを浮かべる隼人を見て、想楽は事の顛末を話し始めた。

「あははー……実は数日前電話を貰った時、ちょっと喧嘩しててねー」
「へ、あ、そうだったんですか?!」
「驚きすぎじゃないー?」

隼人から見た想楽は、年の離れた二人とユニットを組んでいることもあり、春名とは違った大人らしさを兼ね備えたであり、喧嘩なんて無縁のようにも思えていたのだ。仕事に関することならまだしも、他人と喧嘩なんて。

「間接的に仲介してくれたのは、隼人くんだし、彼女さんだからね。そのお礼ってことで」
「そういうことなら、じゃあ……ありがとうございます」
「いいえー、こちらこそありがとうねー」

想楽が事務所を出た後、隼人は亜実に連絡しようとお菓子を写真に収める。そして、写真を撮ってハッと気づく。

「………俺と亜実の好きなお菓子じゃん、これ」

ちょっとしたお礼というには、気が利きすぎているセレクトに隼人は思わず感動してしまった。
今度、想楽さんの好きな物聞いてみよ。
隼人は頭の中でそう誓った。

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