凍る



「次の新曲はこちらになります。歌詞も既に確認して頂けますか?」

プロデューサーから手渡された歌詞を見て、想楽は目を見開いた。思わず歌詞から目を逸らしたくて顔を上げると、ばちんと正面に座っていた雨彦と目が合ってしまった。想楽はたまらず、ゆっくり視線を逸らすが雨彦がそれを許さないというように、静かに想楽の名前を呼んだ。

「お前さんが何を考えてるのかくらい、顔見ればすぐに分かる。案外分かりやすいんだな。ほれとも、あの娘だからか?」
「雨彦さん、からかってるよねー?」
「はは、まぁ揶揄ってる部分もあるが純粋に心配してる所もあるんだ」
「どういうことー?」

想楽には雨彦の言葉の意味を読み取ることが出来なかった。先日のインタビューのときも、そして今この「失恋を歌う新曲」を貰ったときも。

「北村はまだ若いし、失恋を歌ったら折れちまうんじゃないかと思ってな」
「あのさー、やっぱりからかってるでしょー? 僕だって仕事だって思えば大丈夫なんだけど」
「……本当か?」

雨彦の目が想楽を射抜く。汚れを掃除するという雨彦に見られていると自覚すると、何も言えなくなってしまった。嘘をつくことさえも出来ない。想楽の瞳は揺れていた。

「そうですよ、想楽。先ほど歌詞を見ただけでかなり動揺していたんですから」
「一応俺たちは部外者だ。だが、仕事に支障が出るならなるべく早く解決するべきだろう。それくらいなら俺たちも手を貸すぜ」
「それくらいって……雨彦さんは野次馬精神の方が勝ってるでしょー?」
「はは、人の親切心をそんな風に言うのか?」

想楽は思いっきりため息をついた。自身の感情に一区切り付けない限り、この歌を歌うことは出来ない。それは想楽自身がよくわかっていることであった。

「もう降参かなー……さすがにこの歌詞を見たら僕も結構きちゃったねー」
「ほう、北村が珍しく弱音を言ったな」
「おお……! 何だか頼られてる気持ちになりますね!」
「…………やっぱり二人とも弄んでるだけじゃないー?」

想楽は苦笑いをしながらも、ぽつぽつと話を始めた。それはまるで、雪の降り始めのようだった。



目の前のグラスの中で、透明な液体が揺れている。目を開けたとき、想楽は自分がどこに居て何をしているのかよく覚えていなかった。

「お、起きたな。酒を口にしてから威勢よく話し始めてそのまま寝落ちてたぞ」
「やっぱり想楽はあの人のことが好きなんですね」
「は? ちょっと待って。僕何にも覚えてないんだけどー……」

眉をひそめながら、必死に自身の記憶を辿る。話を聞いてやるから今日は飲みに行こうと誘われ、普段は飲まない日本酒を注がれ、それから。
ぷっつりと記憶が途切れていて、何も思い出せない。何を口にしたのか考えたくもなかった。想楽は頭を抱えて、ため息をついた。

「安心しろ、変なことは言ってないからな。殆どあの娘の文句という名の惚気だ」
「似た者同士じゃないですか。二人とも」
「ど、どこが……」

想楽が頭をぐしゃぐしゃにかいて、顔を上げて目の前の雨彦とクリスに問えば、二人は顔を見合わせて「ヤケ酒するところ」と答えた。

「いや、僕そんなヤケ酒なんか普段しないし、大体今日は雨彦さんが勝手に日本酒を……」

「はは、まぁいいさ。俺のせいにして気が済むなら」
「本当はこのままあの人を呼ぼうとしていたのですが、さすがに想楽が可哀想なので辞めておきました」
「…………クリスさんに慈悲があって良かったよー」

想楽は水を口にしながら、数年ぶりに彼女の連絡先を開いた。まだその着信ボタンを押す勇気は無かった。

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