欲張りになってもいい


真っ暗になった画面に自身の笑顔が映る。想楽は配信が止まっていることを確認し、そのまま座っていたソファへと倒れ込む。目の前の机に置かれているケーキを写真に収め、無意識に開いたのはトークアプリだった。
……と、そこまでして想楽は深いため息をつく。別に特定の人物からの連絡を待っているわけでない。有難いことに誕生日である今日は朝から端末が震えっぱなしで通知が止まらなかった。同じ事務所の人や、友人。ファンからのメッセージ。
しかしその中に、彼女の名前を見つけることは出来なかった。



まだ蝉の鳴き声が聞こえていた頃。酔っ払って、別れた彼女に介抱されてしまった。あの時、彼女を呼んだのは雨彦であったが、きっと自分でも同じことをしたに違いないと今では思っている。
あの夜、彼女の逃げ道を塞ぐように家に連れ込んだが想楽の酔いが冷めた時にはソファの上で眠りこけていた。酔った勢いで、なんて絵に描いたような行動をするつもりはなかったが、何となく不服であったのも確かである。彼は仕方なく彼女をベッドに運び、その夜は自分がソファの上で眠りについた。ほんのりと残っていた彼女の温もりに懐かしさを感じたのは、酔っていたからに違いない。

あれから、止まっていたトーク画面が少しずつ動くようになった。とは言っても、返事が返ってくるのは三日に一回の頻度である。
しかし、今週はまだ一度も彼女からの返事はなかった。
別に気にしているわけではない。そう言い聞かせても、真っ先に親指が触れるアイコンは彼女のトーク画面であった。

「お疲れ、北村。ん? お前さん、あの娘と復縁したのか?」
「ちょっと勝手に見ないでよねー。あと、復縁してないから」

雨彦は想楽と彼女のトーク画面を盗み見して、うっすらと目を見開いた。

「北村、今すぐ事務所を出た方がいいぜ」
「急にどうしたのー? 言われなくても帰るつもりだけどー」
「さっき大通りであの娘とすれ違ったって古論が言っていたぞ。事務所の方へ歩いてたみたいだから、てっきりお前さんと予定があるのかと……」
「なっ……」

彼女の職場からこの事務所はそう近くない。それにも関わらず、この近辺まで来ている理由。想楽には何も浮かばなかった。自惚れた感情が生んだ理由以外。
けれども、想楽の脚は動かなかった。今から事務所を出たとして彼女のことを見つけられる確率の方が低い。ましてや、会って何を話せばいいのかも分からない。あの夜以来、顔を合わせたことは一度もなかった。

「迷ってる暇があるなら行っちまいな。何もせずに後悔するのは嫌だろう?」
「覚悟決め、飛び込む先は、真っ暗闇ー……無茶はしたくなかったんだけどなー」
「ははっ、無茶は若者の特権だからな」

ぽんっと雨彦に軽く背中を押される。想楽は重い腰を上げ、上着を手に取った。帽子を深く被り、携帯だけを手にし、ドアノブに手をかけるる。数秒考え込んだ想楽はくるりと振り返り、雨彦に一声掛けた。

「良いつまみを見つけたら、今夜は雨彦さんの家で飲むことにするよ」
「ははっ、そんなの無くてもうちで飲めばいいさ」



無論、あてがあるわけもなく。想楽は感覚だけで夜道を歩いた。電話を掛ければ良いのは分かりきっていることだが、それだけはしたくなかった。
蓋をした感情が溢れ出るのが、想楽が一番恐れていることであった。口に出してしまえば、霧なって消えてしまうような気がして。

(とりあえず、この辺りを探すしかないよねー)

事務所の方角と駅の方角は反対である。クリスが事務所の近くで見たというなら、まだこの近辺にいるかもしれない。淡い期待だけを抱いて、想楽は足を進めた。

彼女が行きそうな所。そんなものは、ぽんぽんと浮かび上がってくる。あれもこれも。想楽は歩きながら、彼女のことを考えた。
居酒屋、コンビニは勿論のこと。彼女が好きだったチェーン店のカフェ。付近にある店を一通り頭の中に並べる。平気な顔をして、一人で居酒屋に入るような人だ。もしかしたら、気が変わって突然バーに入ったりして。
想楽は立ち止まってため息をついた。何をこんなに一生懸命になっているのか。
そもそも会える確証なんかないのに。
そう思い始めた途端に、彼の足取りは一気に重くなった。
古論がすれ違った人物が本当に彼女である証拠もないのに、雨彦に焚き付けられ、そのまま事務所を飛び出したことを少し後悔した。
想楽はくるりと向きを変え、来た道を戻ることを決意した。良いつまみがあったから戻ってきた、と雨彦に笑って報告すればいい。想楽は、早々に雨彦に連絡を入れようとトークアプリの画面を開く。

(まだ事務所にいるー?……っと)

送信ボタンを押そうとして、同じタイミングで雨彦から連絡がやってきた。どうやら想楽の状況を知りたいらしい。想楽は苦笑いをしながら、文字を消していく。これではまるで、保護者だ。
想楽は何か飲みたいものはあるー?と文字を打ちながらコンビニへと足を踏み入れた。お酒ですと書かれたポップを横目に商品を眺めていると、見知った顔が一人。

「……こんな所で何してるのー」
「えっ、そ……! 北村さん……」

そこに居たのは、想楽が探していた彼女の姿だった。



彼女は想楽と言いかけた口を慌てて塞ぐ。 そして小声で続けて話しかけてきた。

「どうしても飲みたい缶チューハイがこの系列のコンビニにしかなくて」
「はぁ…………」
「ちょっと呆れてるでしょ。大事な事だからね」

眉をひそめて抗議する彼女。しかし、想楽の口からは深い溜息しか出てこなかった。あれだけ探し回ったのに、こんなにあっさりと出会うなんて。
彼女は自分の発言に呆れているのだと思い込んでいるようで、ひたすら缶チューハイの良さを語っていた。正直そんなものは一言も耳に入ってこない。

「てかそっちこそこんな所で何してるの。事務所こっちじゃないじゃん」
「それはー……」

貴女を探していました。
そう素直に言えるはずもなく、想楽は目を泳がす。彼女はあまり興味が無いのか、言葉を濁す彼を責めることもなく、缶チューハイを二本手に取り、レジへ向かった。その背中を追うように、想楽は適当に缶チューハイを三本手に取る。何を買ってきても怒られはしないだろう。
彼女は想楽が手に持つ缶チューハイを見て、ピンと来たのか納得した表情を見せた。

「パシられたんだ」
「え? あー……まぁそんなところだねー」
「結構仲良しだよね。Legendersってさ」
「最初の頃よりはねー」

他愛もない話をしながら、会計を済ませて、外へ出る。思っていたよりも話ができることに安堵しながら、想楽は彼女の表情を盗み見る。元々記念日を大事にする方でもない。既に一度終わった関係である相手の誕生日なんか覚えているはずが……ーー
彼女は、両手に持っていた缶チューハイの一本を想楽の手の中に収めた。

「えー? パシられてるのにまたパシられるのー?」
「誕生日でしょ、あげるよそれ。私のおすすめ」

さらりと告げられた言葉に想楽は固まってしまった。凍るほと冷たいはずの指先が、じんわりと熱を含んで缶を温めていく。想楽は渡された缶を彼女の頬へ押し付けた。

「つめたっ! 何?!」
「りおんの好みと僕の好みって合わないよねー」
「まぁそうだね。合うのはあんまりないかも」
「でしょー? だから飲めなかったときに困るから、今から晩酌付き合ってくれるよねー?」
「え、雨彦さんたちじゃ」
「大丈夫、大丈夫ー。あの人たちもりおんに会いたがってるからー」

想楽は空いている彼女の手を握り、歩き始める。しかし当然の如く、いや、でもと言い続ける彼女。想楽はくるりと向きを変えて、彼女の顔を見た。

「誕生日だから、りおんに会えないかなーと思ってたんだよねー。だから、誕生日プレゼントってことで付き合ってくれるー?」

その言い方は、まるで自分のことを探していたうな。彼女はふと過ぎった考えを揉み消し、でもと口にしようとする。しかし、それを許さない想楽がそのまま言葉を続けた。

「ねえ、本当にそのお酒が買いたかったのー?」

紅い瞳に見つめられ、言葉が詰まる。事務所の近くまで来れば、と淡い期待をしていたのは嘘では無い。ただ、言葉にするのは気が引ける。想楽と目を合わせれば、そんなこと口にしなくてもお見通しに違いないのだけれども。

「わ、分かったから! 晩酌付き合うよ! でも、どこで?」
「うーん、雨彦さんの家の予定だったけど、僕の家でいいかなー」

このまま彼女を連れていくと言えば、確実にあの大人二人は帰るに違いない。想楽は「事務所に戻るねー」とだけ連絡を入れ、電源を落とした。

「それじゃー、よろしくねー」
「はいはい」

想楽も彼女も繋いだ手を離すのことはなく、青信号を渡り始めた。

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