そんな顔しないで



アルコールでぼうっとした頭と、冷えた両手。ちぐはぐな体の感覚に、気持ち悪さを覚える。想楽は、顔を上げると、明らかに酔っていますと書いてある表情をしていると自分と目が合った。こんなにも酔ったのは久しぶりかもしれない。
彼の我儘で、彼女と同じグループの雨彦とクリスを自宅へ連れ、流れるように晩酌を始めた。最初は他愛もない会話ばかりだったが、互いに酔いが回り始めると、本音が溢れ始めてきた。
初めにぽろりと爆弾を落としたのは、雨彦であった。

「北村、この娘にちゃんと言ったのか?」
「……は?」

口に運ぼうとした液体が、口の端に垂れる。雨彦が言わんとしていることが何のことなのか、想楽にはすぐに理解出来た。クリスも雨彦に同意するように、にこにこと微笑みながら想楽を見つめる。
そして、彼女は自分には関係ないと思っているのか、新しい缶に手を伸ばしていた。

「……今その話する必要あるー?」
「いい加減釘を刺さないといけないなと思ってな」
「その様子だとまだのようですね」
「あのさー……」

これではまるで保護者である。
アルコールの力は借りたくないと思っていても、自然と手が伸びる先はゆらりと揺れるグラスだった。

居心地が悪くなった想楽は、席を立ち、こうして酔いを冷ましていた。ため息をひとつこぼし、彼は三人の居る部屋へ戻る。
すると、そこには雨彦の腕を掴み、不機嫌な顔をした彼女の姿が目に入った。想楽の眉間にしわが寄る。彼は彼女に近付き、雨彦の腕を掴んでいた腕を掴んだ。ぐいっと腕を引き、強引に距離を取らせる。

「……何してるの」
「はは、北村もだいぶ酔ってるな」
「酔ってないしー」
「酔っ払いは大抵そう言うのですよ」
「うるさいなー……」

分かりやすくからかっている二人に、言葉を詰まらせていると、ぽすんと何かが倒れる。想楽は重みを感じで、視線を下げると彼の腕を頬に擦り寄せ、眠りにつこうとしている彼女の姿が目に入った。

「ねむい……」
「ちょっと、寝るならこんな所で寝ないよねー」
「もう無理だから寝る……」

そう言うと、数秒後にはすぅと彼女は寝息を立てた。すると、雨彦がひょいと顔を覗かせた。

「そんじゃ、俺たちはお暇するとするか」
「そうですね。簡単に片付けをしたら帰りますね」
「は、ちょ、この状態で放って帰るつもりなのー?」
「もう心配する必要もなさそうだからな」
「何をどう見たらそうなるわけー……」

想楽はげんなりとした表情で、雨彦とクリスを見つめるが、対照的に彼らは嬉しそうであった。
手馴れた手つきで、片付けを始め、雨彦は独り言のように言葉をこぼした。

「そういえば、明日は休みだって言ってたぞ」
「余計なこと言わなくて大丈夫だからー」

あっという間に、片付いたテーブルを見て、想楽はため息をつく。雨彦とクリスは、本当にこのまま置いて帰るつもりようである。

「ま、報告はいつでもいいけどなるべく早いと助かるな」
「…………うるさいなー」
「それではお邪魔しました。想楽、おやすみなさい。彼女にもよろしくお伝えください」
「ああ、邪魔したな。おやすみ」

バタンとドアが閉まる音がして、想楽は三度目のため息をついた。というか、雨彦の邪魔は多分意味が違う。
想楽は、どうしたものかとぐるぐると頭を悩ませ、とりあえず彼女を起こすことにした。

「りおん、起きて。ベッド使っていいからさー」

顔にかかった髪を払い除け、ほんのり赤くなった頬に触れる。酔いが回っても、顔に出ない彼女だが、珍しく頬が赤く染っていた。想楽は頬を撫でながら彼女の名前を呼んだ。
しかし、彼女が目を覚ます気配はない。

「もうー……」

想楽は仕方なく、彼女を抱き上げ、ベッドに横たわらせた。すると、流石に目が覚めたのか、彼女が小さく声を上げる。焦点の合わないぼんやりとした瞳が、想楽を見つめた。

「起こしちゃったー? 水でも飲むー?」
「……いらない」
「分かったー。じゃあ、僕はシャワー浴びてくるからねー。おやすみ」

すり、と頬を撫で彼女の傍を離れようとする。
しかし、ぐいっと腕を引かれ、それが叶うことはなかった。

「想楽くんも寝ようよ」
「僕はソファで寝るから、りおんがベッドで寝てていいよー」
「ちがう、一緒に寝よう」

ぎゅうっと腕を掴む力が強くなる。想楽の頭には良からぬ選択肢が浮かんだ。しかし、すぐさまその選択肢をかき消す。酔っ払いを抱く趣味は想楽にない。

「はやく、寝よ」
「あぁ〜……もう、分かったよー」

幼い子供のように、我儘を言う彼女。酔ったときにしか、こんなことを言わないのが気に食わないが、想楽は自分しか知らない彼女の甘えた顔が好きだった。そして、その顔に甘い。
彼はもぞもぞと布団に入り込み、彼女と向き合う。すると、想楽の胸元に擦り寄るように彼女が近付いた。そうして、満足そうにそのまま寝息を立て始める。彼は行き場を失った手をどうするかで精一杯だった。

「有り得ないんだけどー……」

悪態をつきつつも、結局想楽は彼女の背中に手を回した。

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