騎士が見つけた灰かぶり姫 そのいち

『両思いのつもりでいたのは、
どうやら私だけだったらしい。』


ついこないだ読みおわった小説のひとフレーズをふと思い出して、持っていたソイラテを机に置き拳を握る。ベビーピンクに色付いた爪が食い込んで痛い。

もうこんな関係は辞めた方がいいのかもしれない。いや、一刻も早く辞めた方がいい。こんなの彼の邪魔になり、私も上手く前に進めないと思うから。早く解放してあげよう。それがきっとハッピーエンドなのだから。


「ん。栄吾、好き」
「ありがとうございます」

私の視線に気づいたのだろう、栄吾は目があって柔らかく笑う。いつもの会話。そう、いつも通り。私が愛を謳って、彼が笑顔で礼をいう。あまりにも毎回好きだと宣っていたものだから、彼にとって私の好きは安売りされているものだと思われているのかもしれないけれど、そうではないの。私だっていつも【好き】という瞬間は緊張してなにかがお腹の中から出てしまいそうになるし、顔にだって血が昇る。でも言葉に出すのって必要な気がするの、好きっていうともっとその人が好きになるから。だからいつだって私は言うのよ、申渡栄吾が好きだって。

でもそれも、今日でお仕舞い。

よく考えてみよう。
元はといえば……そもそも、申渡栄吾はどうして私みたいな輩と一緒にいてくれるのだろうか。

私たちは中等部が一緒で……といっても同じクラスだったのが一度あっただけで、部活動も違っていたのだから思い返せば強い接点がなかったのかもしれない。彼は辰己姫の側近で、騎士だなんて呼ばれていたのでそれなりに有名人だった。ただ私はその前から、彼がスポットライトのなかで輝く前から、彼の凛とした佇まいとその柔らかい声を一度見たときから忘れられなかった。そうだ、だから酷く驚いたのだ。私みたいなモブAである仕様もない女に騎士様が話しかけ、あろうことか好きだと告白するだなんて。

勿論、もともとは好きでもなんでもなかった。
だって、完全な天上人とモブAなんだもの。

洗練された鼻筋と茶の瞳、天は二物も三物も与え、神様から美しいものとして彼は生まれたのだと思う。対してなにも取り柄のない地味で弱くて醜い私。釣り合うはずもないと解っていたのに。お門違いだと解っていたのに。彼は私を見つけ出してくれた。

本当の騎士みたいにきらきら格好よく告白してくれた姿は純粋に嬉しかったけど、畏れ多くもあった。それでも私という人間は本当に簡単に出来ていて、付き合っていくうちにすぐに彼のことが好きになった。知らないページをひとつ捲る度に自分の知らない、もしかしたらあれ程仲のいい辰己琉唯でさえ知らない申渡栄吾という人間を見せられるのだもの、好きになるのも必然なのかもしれない。どんどん申渡栄吾という人間を知っていって、どんどん嵌まっていく私がいた。

彼は私が思っているよりもかなりアウトドア派で(あんなに白い肌をもってるのだから、てっきりインドア派なのだとおもっていた)付き合い始めた頃、電車に乗ってブルーベリー狩りにいったし、森林浴のために少し遠出もした。あと彼はイメージ通りの理論派で、ちゃんと理解をしてから覚えるようなタイプ。よくテスト勉強を行きつけのカフェテリアでしたときには教えてもらっていたっけ。ミュージカルを見に行ったときの小さい子供みたいに目を輝かせてみていた彼を見たときに確かに私は恋に堕ちたのだ。

走馬灯のように彼との思い出を思い出して苦笑してしまう。馬鹿だなぁ今から別れようというのに。きゅっと口紅じゃない赤が唇に滲むような気がした。

「さよなら、しよ、栄吾」
「どうしました?今日は疲れてしまいましたか?」
「そうじゃない。さようならの意味、ちょっと履き違えてる。もっとちゃんと言うね」

息を鼻から吸った。夏なのに空気は冷たくて体を冷やす。身体がその詞を言うのを拒絶しているみたい。でも、だめよ。好きでもない女に時間をかけているほど、彼も暇ではないのだ。彼にはやるべきことがあるのだ。折角綾薙学園ミュージカル学科を巣立って歩み始めた彼の眩しい人生は、私みたいなモブAとは違うのだ。スポットライトと鳴り止まない会場の拍手を纏う栄吾は矢張住む世界が違うのだ。


「別れましょう。栄吾には素敵な未来が待っているのだから」

彼は素敵な未来行きのチケットは握りしめている。でも、その素敵な未来の隣にいるのは私ではないということは間違いないと思う。自分で言ったくせに鼻の奥がツンと痛い。本当に今酷い顔しているのだろう。こんな顔で別れるなんて言うことなかったのに、もっと笑顔で左様ならと言うはずだったのに。意気地無しで弱い私の目尻には塩化ナトリウムが溜まってしまう。耐えられなくなったそれはテーブルにおいたソイラテにはらはらと落ちた。


⇒つづきます



とっぷ