恋愛小説には程遠い私の其れ



鈍すぎるわ!

貴方の洞察眼は素晴らしいほどなのに、どうして気づいてくれないの!?私のアピールが足りないのかしら?天才的ね、ほんと。普通だったら、とっくに気がついているわ。


夏休みの綾薙学園中等部。おまけにいうと東棟の三階の一番端の教室二つをぶち抜いた広い大教室。通称、生徒会室の机にぼんって突っ伏した。昨日降った雨のせいだろうか、木目が微妙に湿っていてなんだかとても気持ち悪かった。そのまま突っ伏すのもあれだったので、目線をちらっとだけあげると、目と鼻の先にいる元もとキラキラしている王子様の茶の髪が太陽の光に当たって明るい栗色に光った。


ばかばかばーか。

心のなかで好きな人を最大級に罵倒した。


同じ副委員長の申渡栄吾は頭がいい。なんでも今は綾薙学園の器楽科進学(しかも難関といわれる弦楽科のバイオリン専攻らしい)を目指しているらしい。おまけに仏のように優しくて性格までいい。学園の有名人である辰己姫の横にいる騎士様として有名だけど、申渡くんも充分すぎるほどかっこいいのよね。私はそんな彼が大好きで、一緒にいたいがためにやる気なんて微塵もない生徒会に偶然を装ってまでして入会した。まあ、未だに緊張してろくに話したこともないけれどね。恋愛進捗でいえば、零パーセントだ。

「かさね、ぐだっていないで仕事をしない?一応、ね?仕事しよ」
「してるじゃない、ほら資料まとめてる」

夏休み明けすぐに開催される生徒総会資料の作成を目一杯運んでいる同期である南條聖に皮肉を言われるけれど気にしない。あんたは恋を知らないから、そんなことがいえるのよ。今に見ていなさい。あんたにだって、すべての視界がシャットダウンして、その子しかスポットライトが当たらないような女の子が急に現れて、あんなをかっさらっていくのだから!まさしく、私にとっての申渡くんがそれだったのだけれども。

「かさねは、本当に申渡のことが好きだねぇ。まさか、申渡を追って生徒会に入ったなんていわないよねぇ」
うぐと図星をつかれて、背中に冷や汗が伝う。その様をみて、流石の南條でさえ口許がひくついた。なんだその顔、失礼にもほどがある。南條聖の阿呆。馬鹿。ソフトサディスト。



「日藤さん?大丈夫ですか?顔色が優れないようですが」
「大丈夫です。ご心配かけて……って申渡くん!」
「すみません。南條くんではなくて」

ふふって笑う申渡くん。ちがうちがう、南條聖なんかではなくて貴方が、申渡くんがいいの。うわ、私、今、申渡栄吾と話してる。

「……そんなことない。嬉しい…です。寧ろ心配をかけてしまって」
「突然話しかけてしまって、すみません。ふふ、南條くんと日藤さんは仲がいいですからね。此方としても見ていて冷や冷やするときもありますが、お二人はとても楽しいです」

いつも、目でおっていた澄んだ茶の瞳にへんてこな顔をした私が映った。折角お話しできたのに、こんな顔をして独りで自己嫌悪に陥る。


南條聖と私のサイドストーリーなぞどうでもいいから、私と貴方の本編を進めませんか?なんて言えるはずもなく……私が返せたのは乾いた笑いだけだった。


困っちゃうでしょう?
泣いてしまいたくなってしまうでしょう?
恋愛進捗はたったの一パーセント。
私の恋は、本当に実るのかしら?

ぽつねんと呟いた独り言が申渡くんに伝わっていればいいのになぁ。




(私と彼の脳内恋愛小説はついに百頁を越えたのだけれども。)




とっぷ