MISSION:プロポーズ
※他所様宅の女の子が出てきます。ご注意ください。
あの辰己琉唯がプロポーズをしたらしい。しかも夜景のキレイなロマンチックなレストランで、素敵なデートとこれまた素敵な指輪を添えて。何度聞かされてもあのインドアの辰己琉唯からすれば本当に驚くべきことだし、彼なりに考えて、素敵な思い出に残るようなプロポーズをしたかったのだろうと思うと微笑ましい。
これぞ緩んだ笑顔だ、言うべきだろう目の前にいる朱音の左の薬指にはブリリアンカットが施されたダイヤモンドが光るメレの指輪。この喫茶店の蛍光灯の光さえも吸収して其れはきらきらと眩しく輝いていた。
「幸せそうだこと」
ちゅと吸ったアイスティーサワーはストローに深い赤の紅を残してぱちぱちと喉を通って抜ける。貴女から何度私はその夢のようなプロポーズサプライズを聞かされたことだろうか。まあ何度聞いてもロマンチックすぎて驚いてしまうのだけれども。
「まあ、そりゃあ……好きな人と一緒になれたんだもの。幸せだよ」
なんとまあそんな花が綻ぶような顔しちゃって。何も淀みのない顔は本当に幸せそうでついつい羨ましいと思ってしまった。恋する乙女は皆可愛いと思うが、彼らの(主に彼女の)葛藤や不安などをいつも聞いていたものだから感動もひとしおで、幸せな顔を見るとこちらもつい顔が緩む。
「栄吾くんから辰己の話とか聞かないの?」
「聞かなくはないけど、辰己ったらあのプロポーズ栄吾にさえ相談してなかったみたいよ。やっぱりスターオブスターのリーダーはぴしっと決めるとき決めるわね」
そうなのだ。あのいつも栄吾に同意を求める彼が今回は自分の意志と自分の行動で朱音にプロポーズしたのだ。その事実は私も栄吾も驚いたし、辰己もいち男性なのだなと思ったのは記憶に新しい。そうなんだと言うと朱音は照れるのを隠すようにアイスカフェモカに口を付けた。そんなことしても耳まで赤いんだから分かるのに。もうすぐその大きな宝石の指輪がプラチナリングに変わる日もそう遠くないってことね。矢っ張り左の指輪が光って、指輪に付いている其れはステージ上で光り輝く彼と同じようように宝石の王様であると主張していた。
私が申渡栄吾との結婚をはやく、だとか、彼じゃないと駄目だ、というような気持ちはまだない。だからきっと目の前にいる完全なる乙女モードの朱音のように急にデートの終わりにプロポーズされたとしても、私はどう答えるのか分からない。分からないのだ。勿論付き合っているし、そうでなくとも付き合いは長いのだから嫌いではないし、好きだ。それでも私は人生を彼と添い遂げることが出来るのだろうかと、私では申渡栄吾の隣りにいる人物としては不十分極まりないのではないかと感じてしまうのだ。彼は優秀で、舞台役者で、少し真面目すぎるところもあるけれど、人間ができている。圧倒的な劣等感がいつだって私を襲ってはなれない。
「……!……!!……かさねっ!?」
「ご、ごめんなさい栄吾なにかあった?」
「今日はどこに行きますか?と言ったんです。大丈夫ですか?何処か上の空ですが」
きょろりとした茶の栄吾の瞳に私が映る。たしかに上の空って顔してる。一昨日あった朱音のことがこんな時に思い出されるなんて。
「ううん、なんでもない。今日、栄吾映画見に行こうって言ってたじゃない」
「そうですが、かさねが具合悪そうに見えたので」
無理しないでも構わないという栄吾の優しさに首を振り、そんな優しいところも素敵なのだけれどもと笑う。
「全然、映画、たのしみ」
とれかかったパーマメントが揺れた。
「え、えいごさん。今日こんな小さな所で映画するの?」
付いた先は小さな(幼稚園のお遊戯会を開くようなちっちゃな)舞台がちょこんとあるところだった。プロジェクターもなくて、舞台だけがぽつねんと明るく照らされる。
「まあまあ、かさね。座ってください」
「まあまあ、って!」
肩を押されて一等いい席に座らさせる。少しだけ栄吾の声と腕が震えてるのが妙に気になった。栄吾にちょっとと話しかけようとしたときに反射的に口を閉じる。びぃと開演の音が私と栄吾以外がいない寂しい舞台に鳴り響いたからだ。古めかしい音がなったあと、ばつんと照明が落ちて、おまけに隣には栄吾の気配もなくなっていて、ひとりで口の中で叫び声を上げる。まってよ、私独りぽっちなの?しんと静まった知らぬ場所の暗がりに急に恐怖心があふれて、思わず声を上げてしまいそうになったとき、舞台の一点が照明に照らされる。眩しくて目を何度か瞬かせて光の中にいる人物をみて目を丸くした。私の知っている人だった。
「と、虎石くん?」
黒い髪に一筋の赤。栄吾の友人であり、仕事仲間の虎石和泉が深々と礼をしていた。風来坊のような格好をしている彼はいつもの虎石くんではなく、完全に舞台俳優の虎石和泉の声色と雰囲気だ。
『さて、今からお話するのは昔々のモノガタリ。ある国に皇子様がおりました……』
厚い羊皮紙が掠れる音がぱりぱりとしたあと出て来たのは私の知っている栄吾の同僚であり、友人であり、戦友の数々。皇子様は幼い頃に出会った異国のお姫様を探しに旅に出る。てっきり皇子様は辰己だと思っていたものだから、その深い青の皇子様の服に身を包んだのが栄吾って気がついて吃驚する。
観客は私だけ、私だけの豪華俳優陣による、素敵な演劇。演劇に引き込まれてさっきまでの恐怖がどんどん薄れていくのがすぐにわかる。ふいに栄吾と目があって(いや、あったと思い込んでいるだけかもしれないけれども)頬に血がのぼった。きらきらしてる栄吾はどうしたって舞台上で輝いていてまた好きになってしまう。そんなことが瞬時に流れたとき栄吾のよく通る声が小さな劇場に木霊する。
「やっと……見つけました」
えっという間もなく舞台から降りてきた栄吾に手を引かれ舞台の上。照明が思っいた以上に暑くて髪が少しだけひりひりする。周りには誰もいなくて、さっきまで流れていた音楽もない無音の空間、青い衣装を着た栄吾が跪く。私と栄吾だけの空間。
「えいご?」
「やっと見つけた。私の運命の人。かさね。私は貴方のことが好きです、私はまだまだまだまだ未熟な若輩者ですが、必ずや幸せにします。私と結婚してくれませんか?」
それが舞台の台詞なのか、栄吾からのプロポーズなのかって考えたし、彼が本気で言ってるって気が付くまで三十秒はかかったし、頬に涙が流れたりするものだから、なんだか脳内回路がぐちゃぐちゃになってしまった。でも、栄吾のいつもみたことないくらい真っ赤になった顔だとか私を握る手がまだ震えていたりだとか、そんな細かいところがなんだかとって愛おしく感じてしまって。いつの間にか私はその震えを止めてあげるように包んで、頷いてしまっていた。変よ、変ね、ついさっきまでこんなに優等生の申渡栄吾の隣に立てる資格なんてないって思っていたのに、いざ言われたら当たり前のように首が縦に動いてしまうのだから。
「当たり前じゃない。栄吾以外の人なんて考えたこともないわ」
涙を隠すように笑ってやると、贔屓目かもしれないけれど朱音よりもずっと綺麗で可愛い宝石がくるりと一周飾られたエタニティの指輪が栄吾にしか許さない左の薬指にすっと通された。
サプライプロポーズが大成功*!とわっと舞台袖から上がったのはそのすぐのことだった。みんなに見られて恥ずかしくて堪らなかったけど、ねえ、栄吾。その時の貴方の顔、私一生忘れないと思う。私、貴方のその笑顔が一番好き。いつまでも貴方の隣に立てる資格なんてないのかもしれないけれども。
こちらからもお願い申し上げます。
これからも私と一緒にいてください。
そう願いを込めて頬に軽いキスをおくってあげましょう。
プロポーズ大作戦
(こうもしないとプロポーズなんてできやしない)