Position z*ro

★ミュージカル スタミュ3rdシーズン観劇後の方がよりわかりやすいかと思います。




煌びやかな屑星たちがセーヌ川の流れに乗ってやってきて、観客の胸ひとつひとつに小さな輝きを残して消えていった。

会場では、至るところでアレックスへの称賛の声。あのジャポーネのアクター達は前座でやはりメインアクターはフランス人なのか、だの、この突拍子の無さこそアレクサンドル=ベルナルドの真骨頂、だの好きかってに言ってくれる。

「終わった」

大混乱の劇場袖でぽつねんと呟いた言葉は、すぐに騒音に消える。ああ、あの天才と無名の小蕪たちに一杯食わされた。今までにないこの演出は人々に驚きを与えて彼の名声に箔をつけることとなるだろう。そうして、僕の役者人生も幕を閉じてしまうのだろう。ここで舞台に出ていっても先程と似ているような演出、混乱して心ここにあらずの役者たち、そうして自信喪失した僕、どう考えても失敗するオチは見えている。

目の前が真っ暗になるのは何度もあったが、底の見えない闇に落ち続けているみたいな感情に襲われた。足が震える。息がうまくできない。あの輝く舞台のゼロに焦がれて、それだけが生きていく全てだったのに。板が揺れる、光が屈折して、ぐにゃりと曲がって見えた。

「フランシス」

揺れる視界にぽたりとソプラノが響いた。
騒音の中、ぽたりと池に一雫の水が落ちたように静かにその波紋が頭の中に揺れる。はっとして振り向く。

「かさね」

長い髪は片方に纏められ緩く巻かれ、レースのタイトドレスを着た女性が立っていた。かさね・シャティヨン。僕のよき理解者で、よき相談相手で、よき恋人で、そうして彼女の家は僕の支援者だった。多くの資金をこのぱっとしない役者にかけ、一流の舞台役者にしてあげようと言ってくれていたのになんてざまだ。結局はアレックスが言った通り僕には才能のない凡人に過ぎなかったのか。

「申し訳ないけれど、もう全て終わりなのかもしれない」
「どう、いう、こ、と?」
「どういうも、こういうも……フランシスという役者人生はここで終わりってことさ」

ここまでしてもらったのに申し訳ないと深々と頭を下げた。だってどうしようもないじゃあないか、あんな演出考えられない。クルーズ船上で演出をするなんて。向上心もやる気もアクターとしての誇りさえもぽっきりと折れてしまったように感じた。矢っ張りたかが凡人が神に愛された天才に歯向かうなど夢のまた夢のことだったのだ。


「そんな」
「本当に申し訳なかった。君にも、君の家族にも」
「諦めるの……?」

舞台袖の暗闇でもわかるくらい彼女の顔色が良くない。きっといまの奇妙な状態を悟って、来てくれたのだろう。昨日は楽しみにしていてほしいなんて、ポン・ヌフ橋のど真ん中で大口叩かなければ良かったなぁ。

客席はざわつき、まだかまだかと声が聞こえ、カンパニーは公演をするかしないか不安そうな顔をする。こんな士気で会場を納得させる演技ができるのか?もしここで、いつものアレックスの演出の一部だといえば全てが丸く収まるのではないか。そうだ、アレクサンドル・ベルナルドであればそれができない訳じゃない。それならば……、こんなステージで傷付いてしまうくらいであれば……。


「駄目よ。貴方の舞台の幕はまだ下がっていないのだから、フランシス、貴方は責任を持って今からこのステージに立たなければならない」


真っ直ぐな瞳に貫かれる。真っすぐで眩しくて清廉潔白で、揺れることの無い瞳は今の僕には非常に酷で目をそらす。

「こんな状態で君は……僕に恥を晒せというのか?」

彼女はゆるゆる首を振る。強い眼光はふっと柔らかさを取り戻して、肩が軽くなる。

「そんなこと言っていないわ、でもカンパニーは、あのスポットライトは貴方を待っている。一番不安そうな顔をしているのはフランシスよ。観客だって、あのクルーズがメインだって思いやしない。話し方一つでどうにでもできるのに……あなたのステージを待っていないのは、フランシスだけよ」
「僕はこの舞台の総合演出監督であるアレックスに認められていないというのに?」

「アレックスは認めていないわ、今はね。でもそれは誰も知らないじゃない、この劇場の関係者以外。だから見返してやればいい。きっと観ているわよ、あの人は。ねえ、フランシス。彼は不遜で高飛車で手に余るような才能を持ち合わせている天才だわ。だからこそそんな自分にしか興味ないような人間が、才能がないと見切った人間をそう何年もそばに置いておくと思う?」

ふわりとフリージアの香水の香りに包まれる。
舞台袖で抱き締められているということに気がついて、すぐに離そうとやんわり押し返すが更に抱き締められる力が強くなって大人しくされるがままになる。

「アレックスはどうしようもない人格破綻者だけれども、人を見る目は確かよ。フランシス、あの人はきっと貴方が目覚めるのを今か今かと待っているの。だから早く見せてあげなさいよ、貴方の力を。言葉で語るなんて野暮じゃない、貴方はアクターでしょう?思いっきりあのライトの下で見せつけてやりなさい」

とんと押されて思わずよろけると避けていた彼女のアイオライトと目線がぶつかる。悲しみや悔しさや不安はひとつもなく、瞳の奥に隠されていたのは期待と喜びだった。早く僕の演技が観たいと、そのステージを、舞台のど真ん中で立つ自分を見たいという思いが籠もった瞳だった。どうせ小蕪たちと同様僕も全く名前の売れていない無名のアクターなのだから、何も不安がることも恐れることもないのだ。

ただ感情のままに、エネルギーと気持ちを声にのせ、指先まで神経を尖らせて演じることだけに集中すればいい。数年見てきた彼のイメージを頭の端から端まで流して、頬を赤くならない程度に両の手で叩いた。

もう止めることなんてできない、このステージのライトを浴びてしまったら、あの真ん中を──ポディション・ゼロを諦めることなんて出来ないのだから。

「混乱させてすまない。さあ開演しよう。観客は、ショーをまっているのだから」

そう言えばカンパニーの皆はうんと頭を縦に振り、すぐに音楽がぽろんと鳴り響いた。その音が鳴ってしまえばもう後戻りはできない。幕は上がる。会場が声一つ聞こえない空間に早変わりしてぽつねんとライトが真ん中に当てられた。

「やってみようと思うよ、君のためにも、僕のためにも」
「絶対に見届ける、私も、きっと、彼も」


丁度、クラリネットの最後の音が鳴ったのを合図に僕は光向かい一歩を勧めた。舞台の真ん中、誰よりも主役になれる場所、ポディション・ゼロを目指して。



……
………


「ボンソワール」
「ボンソワール、マドモワゼフ。君かいフランシスを焚き付けたのは?」
「さあ」
「可愛げがないね。ふうん、彼に足りないのは誰を跳ね除けてもロワになってやるという圧倒的な貪欲さだろうと思っていたが……まあ及第点、という感じだな」
「貴方とあのジャポーネの星たちのおかげよ」
「ふん。まあいいさ、後で彼に伝えてくれやしないか?三日後、この劇場の舞台の中心で待つと」


「俺が求める、どんな完璧な演出でも──たとえこの天才 アレクサンド=ルベルナルドが創り出した演出でさえも、負けじと光り輝くアクターにしてやると!」





とっぷ