春の箱庭

超難関校と言われる雄英高校の門をゆっくりとくぐる。今日から3年間お世話になる予定なのだ、しっかり気合入れておかないと。これからわたしはヒーローになるべく、この学校で学ぶ。中学までは個性なんて日常生活の中でほとんど使ってこなかったし、もちろん対人戦なんてしてこなかった。(運悪くヴィランに襲われたこともあるけど、それとこれとは別だ)つらいことも怖いこともあるかもしれないけれど、きっと大丈夫。そう思って隣に立っている彼を見れば、こちらの視線に気づいた彼も視線を合わせてくれる。



「ついに来ちゃったね、雄英」
「ああ」
「また3年間よろしくね、轟くん」
「こちらこそよろしく、仁科」



口角をすこしだけ上げた彼の表情はとてもきれいで、この人がもっと自由にいられるような、そんな学校生活になればいいのになあと考えた。それでもまあ、はじめの頃と比べればわたしとも色々な話をしてくれるようになったし、笑顔もよく見せてくれる。(わたし以外の人にはポーカーフェイスのままではあるけれど)

とにもかくにも、わたしと彼はまた、3年間を共に過ごすことができるのだ。



◇ ◆ ◇



中学生までのわたしは、個性なんてどこで使うんだろうと思っていた。わたしの個性は水を操る個性で、特にこれといって使う機会なんてなかった。母は回復系の個性、父は他人の潜在能力を増幅させる個性で、二人とも医療機関に勤めている。(両親からの個性の遺伝はなく、わたしの個性は隔世遺伝によるものらしかった)テレビで見るヒーローなんかはとても遠い存在だと思っていたが、どうやら隣の席の彼はそうではないらしい。

轟くんがNo.2ヒーロー『エンデヴァー』の息子だと知ったのはつい最近で、クラスメイトの女子から聞いたのがきっかけだった。(入学してからもうすぐ2週間が経とうとしていた)毎日ひっきりなしにいろんな人が来て轟くんに「エンデヴァーの息子なんだって?」とかなんとか声をかけているけど、とてもクールな轟くんは毎回「関係ないだろ」と一蹴している。お父さんがヒーローというだけでこんなに噂されたり野次馬が来たりするのだから大変だなあと思う。他人事だし、ヒーローというものに実感がないわたしにはきっと無縁だろうなあなんて考えてちらりと轟くんの方を向けば、眉間にしわを寄せた彼と目が合った。



「ええと…どうしたの?」
「………」



何か喋ってくれないと困る。目は合っているけど一向に喋らない彼の手元を見ると、珍しく乱雑に中身が出ているペンケース。その中に、普通であれば必ず入っているものが見当たらなかった。もしかして轟くん、消しゴム忘れたとか…?授業で当てられてもすぐに答えを出す彼のことだ、きっと家で勉強をしたときに入れ忘れたんだろうなあ。そう思い、予備の消しゴムを取り出す。(まだきれいなままの新品だ)



「これ、よかったら使って」
「…新品じゃねえか、いいのか?」
「いいよ、いつかは使うんだから!」
「助かる」



轟くんとはあまり話したことがないというか、隣同士で丸つけをしたりする時のペアで会話をすることしかなかった。今だって、世間話とはお世辞にも言えないような、業務連絡のようなそんなもの。せっかく隣の席になったんだから、もっといろんな話がしてみたいな。そう思いつつ、彼の綺麗な横顔をちらりと盗み見た。彼の手の中にすっぽりと収まっているちいさな消しゴムは既にすこし欠けていた。




20220524