陽炎のせいにして


「暑い…轟くん、氷出して〜」
「この問題が解けたらな」
「鬼だ!」



そう叫んでノートに突っ伏す。夏休みもあと10日ほどで終わってしまう。そんな寂しさもあるけれど、ひとまず片付けるべきはこの大量の宿題である。成績は中の上といったところのわたしと、上の上というもはや神様のような存在の轟くん。今日はそんな轟くんのお家で宿題追い込み勉強会を行っているのだ。



「わりィな、こんな日に限ってエアコン故障しちまってて」
「いやいや大丈夫だよ!むしろわたしがお邪魔してるわけだし!」



困り顔の轟くんを見ながらそう言って笑う。うちで勉強すれば問題なかったのだが、どうやらほかのご家族は仕事やら何やらで出払っているようで、業者が来るまで轟くんがお留守番をするしかないとのことだった。約束を別日にするのも面倒だったので、そのまま轟くんのお家にお邪魔することになった。ちりりん、と風鈴の音がするこの座敷は嫌いではない。明け放した窓からは蝉の鳴き声が聞こえてきて、随所に夏を感じさせる。



「…飲み物取ってくる、俺も暑ィ」
「あ、わたしも行くよ!」



そう言って立ち上がろうとすれば、くらりと歪む視点。あ、立ち眩みだ、と思った時には手を伸ばした轟くんを引っ張るようにして倒れこんでしまった。わたしに覆いかぶさるようにして倒れた轟くんが、「わり、」と身体を起こす。ぴたりとくっついた肌が離れる。わたしもそれと同時に上半身を起こし、ごめんね、とか、何ともない?とかそういうことを聞こうとした視線が、彼と交わった。

轟くんに押し倒されたような状態で、しかも少しだけ身体を持ち上げたもんだから、轟くんとの距離がかなり近い。今にも触れそうな距離に彼のきれいな顔があって、どきりと胸が高鳴った。前に電車で近づいたことがあったけど、あんなものじゃない。つう、と首筋から汗が流れた気がした。轟くんも驚いているようで、ほんのりと彼の肌が色づいているように見える。早く離れなきゃとも思ったけれど、轟くんが動いてくれないとわたしも動けないのだ。



「ええっと、と、轟くん…?」
「え?あ、わ、悪ィ…大丈夫か?」
「だ、大丈夫」
「飲み物、俺が取ってくるから仁科は待ってろ」
「そうだよね!あの、うん、よろしくお願いします!」



ぎこちなさ過ぎただろうか。ふう、と息を吐きながらパタパタと両手で顔を仰ぐけれど、熱は全く引かない。麦茶を持ってきた轟くんも耳まで真っ赤で、エアコンの修理業者が来るまで、蝉の声と風の音 それに合わせて知らん顔した風鈴がちりりんと音を立てるだけだった。




20220608