心音ごと射抜いて


「うーん、どうしようかなあ」



かれこれもう20分くらい母親が職場でもらったというチラシを眺めている。そこにはでかでかと書かれた"夏祭り"の文字と、きれいな花火の写真。そうか、今年もこんな季節かとそのチラシを見て夏を感じた。昨年までは幼馴染と一緒に出掛けていたけれど、今年は彼氏ができたとかでそちらを優先されてしまった。誰を誘うか悩み、ふと思い浮かんだのはあのクールな瞳の彼。轟くんを誘ってみてもいいけど、忙しくないかなあと少し不安だ。彼は雄英高校を目指しているというし、もう既に受験勉強なるものを始めているかもしれない。まあでも、誘うだけならタダだし。そう思い、轟くんに電話をかける。



「…はい」
「あ、轟くん?わたし、仁科だけど」
「ああ、久しぶりだな…何かあったか?」
「ねえ一緒に夏祭り行かない?来週の土曜なんだけど」
「夏祭り…そういやチラシが入ってたな…大丈夫だ、行く」



轟くんの優しい声色に安心して、電話を切った。来週が待ち遠しいな。1年ぶりに着る浴衣は少し不安だけど、しっかり準備をしておこう。



◇ ◆ ◇



「あ、轟くん!こっちだよ!」
「悪い、待たせちまったか?」
「ううん、わたしもさっき着いたから大丈夫!」
「……」
「轟くん?どうかした?」
「…いや、なんでもねぇ」



人混みの中現れた轟くんは黒い甚兵衛を身にまとっていて、とても涼しげだ。あまり見ることのできないクラスメイトの姿に新鮮な気持ちになる。(特に、轟くんは制服やシャツでの私服のイメージが強かったのだ)(普段着で来ようと思っていたけれど、お姉さんに無理やり着せられたんだとか)
とりあえず腹ごしらえだね、と笑って言えば、轟くんも少しだけ口角を上げて頷いた。焼きそばやイカ焼きなどの定番の屋台を巡りつつ、わたあめを買ったりしている間にじくじくと痛み出す足。轟くんの目を盗んでちらりと足元を見れば、靴擦れを起こしている自分のつま先が見えた。顔を歪めたわたしの顔を、轟くんが覗き込む。



「仁科、どうした?」
「え!?ええと…靴擦れ、しちゃったみたい」
「ほんとだな、痛かったんじゃねぇか?歩けるか?」
「歩けるよ!」



そう言って足を踏み出すけれど、やっぱり痛いものは痛い。すると、痛そうにしているわたしを見た轟くんがスッとわたしの前に屈む。「乗れるか?」なんていつも通りの顔をして言うものだから焦ってしまう。負ぶってくれようとしているなんて、申し訳なさ過ぎて顔があつい。断ってもその体勢から動こうとしない轟くんに折れたわたしはゆっくりと彼に近づく。家族以外の人に負ぶってもらうなんて、初めての経験だ。まわりの人たちの目が恥ずかしくて、轟くんの肩に顔を埋める。



「ええと…重くない?」
「重くねぇよ、むしろ軽い」
「あ、あのさ、どこか適当なところで降ろしてね!」
「……嫌か?俺に背負われんの」
「嫌なわけない!少し、恥ずかしいだけ、です…」



少しずつしぼんでいく声に、轟くんはくつくつと笑う。神社の境内にある段差で降ろしてもらい、ふたりで並んで座る。轟くんが神社の人からもらってくれた絆創膏で応急処置を行ってるうちに、どーんという大きな音。夜空に花を咲かせるそれは、神社の境内に生い茂る木々の隙間から中途半端な形で見えた。



「うわ、花火始まっちゃった…ごめんね」
「…気にするな、来年また来ればいいだろ」
「また一緒に来てくれるの?」
「?当たり前だろ」
「…へへ、ありがとう」
「あ……言い忘れたけど、浴衣似合ってんな」



ぶわりと一気に顔が紅潮していくのを感じた。花火で輝いた轟くんの顔はとてもきれいで、目を逸らせない。もう一度ありがとう、と小さな声でつぶやいたけれど、花火の音にかき消されたかもしれない。ただ笑ってわたしの頭をぽんぽんと撫でる轟くんの手が冷たくて心地よかったのだった。




20220607