世界が真逆に回りだすので


「仁科、ちょっといいか?」
「はい?」



帰りがけ担任の先生にそう呼び止められ、ぽすりと渡される荷物。見ればシュッとしたきれいな字で『轟 焦凍』と書かれたノートの束。そうだ、今日は轟くんが家庭の事情というやつでお休みだったのだ。ぽっかりと空いた隣の席になんとなくそわそわとした1日だった。(2年生になっても同じクラス、最初こそ席は隣ではなかったものの、次の席替えではまたもお隣の席になったのだった)
1年生の頃もクラスが一緒だったこともあり、ノートを渡しに行ってくれと頼まれ、住所の書いてある紙を渡された。それを頼りに轟くんのお家の前まで来たはいいものの…大きすぎてちょっと引いてしまった。(家の門からものすごいんだけどナニコレ)さ、さすがエンデヴァーが住んでいるお家だ、と感服しつつもインターフォンを押す。



『はい』
「あの、とど…ええっと、焦凍くんのクラスメイトの仁科あきらといいます…焦凍くんいますか?ノートを届けに来たんですけど…」
『……焦凍は留守だが、じきに帰ってくる。良かったら上がっていけ』
「え?は、はい」



この声、まさかとは思うがエンデヴァーではなかろうか…。そう思いながら門の前で待っていれば、「何をしている、早く来い」と腕組みをしてそこに現れたエンデヴァー。す、すっぴんだ…いつもの炎をまとった姿でも、ヒーロースーツでもない。ただのエンデヴァーがそこにいた。あまりの威圧感に圧倒され、先生に頼まれているから轟くん居ないならまたにします!なんて言えないし、と考えて「お邪魔します…」なんて弱々しい声を吐き出しながらお家にお邪魔する。広い客間に通され、座布団の上に正座する。(何分もつだろうか…)



「葛餅は好きか?」
「え?」
「葛餅は好きかと聞いている。最近の子が好きな菓子は分からん」
「ええと、好きです」
「そうか…これをやろう。なかなか食べられない限定品だ」



そう言っておいしそうなぷるぷるとした塊を差し出される。どちらかと言えば洋菓子よりも和菓子の方が好きなので、純粋にうれしい。本当に頂いてもいいのだろうか。エンデヴァーの顔色をうかがいながらそれを一口くちにすれば、やさしい甘みが口の中にじんわりと広がった。
おいしい葛餅に舌鼓を打っていると、エンデヴァーさんから「焦凍は学校でどんな風に過ごしている?」と問われた。学校での様子を聞いてくるなんて、あまり家では会話がないのだろうか。よく考えてみれば、轟くんの口から家族の話題が出たことはない。何か事情がありそうだなあなんて思いながらも、学校での轟くんのことを話す。とてもやさしくて、頼りになって、少し天然で可愛いところもあること。女の子からすごく人気が高いこと。色々と話しているうちに、エンデヴァーさんと打ち解けてしまい、気づいたら本名の「炎司さん」と呼んでいい許可まで頂いた。炎司さんも轟くんと同じでうんうんと頷きながら話を聞いてくれる。いい人だ。そこでふと、炎司さんが「そうか、焦凍はうまくやっているんだな」と零した。



「うまく、とは…?」
「焦凍は最高傑作だ」
「……は?」
「俺が創り上げた、最強の個性を持つ子。成績も既に優秀、さすがだな」



「いい話が聞けたぞ、感謝する」と満足気に笑うこの人は、いったい何の話をしているのだろう。"最高傑作"?なんの話だ。沸々とよくわからない感情が沸きあがるみたいにあふれ出てくる。気づけばわたしは目の前にいる炎司さんに向かって「まるで焦凍くんのこと、作品みたいに言うんですね」と言い放ったのだった。扉の向こうに当の本人が静かに立っているなんて知らずに。





20220526