光る涙は星になれ


いつも一緒にいて会話をしてくれる大切な友人の顔を思い浮かべる。やさしくて、強くて、クールぶっているけれど本当は誰よりもあたたかい人。そんな彼を一番大事にするべき人が、こうして彼のことを作品扱いしている。これは轟くんへの侮辱ではないだろうか。いてもたっても居られなくて、目の前に座っている大男をじろりと睨んでしまった。



「…何?」
「轟くんは……焦凍くんは、あなたの作品なんかじゃありません」
「…俺の個性と相性のいい個性を選んで創った、傑作以外の何物でもないだろう」



炎司さんの目を見ると、悪気なんてひとつもないというように、それが普通だというように、「あれは必ずNo.1ヒーローになる」と言ってわたしをじいっと見つめていた。嫌だ、家族がそんなことを言うなんて。轟くんの個性を尊重しなければいけないのに、どうしてこうも、自分勝手なことを言うのだろう。



「彼は、轟焦凍というひとりの男の子です」
「……」
「あなたの勝手な都合に轟くんを巻き込まないで、轟くんがなりたい自分になれるように、縛り付けないで」



ああもう、なんでわたしが泣いているんだろう。ぼろぼろとこぼれる涙は拭っても止まらなくて、情けない。すると、涙を拭っていた手をぐいと引っ張られる。驚いて引っ張られた方を見上げれば、何とも言えない、しわくちゃな顔をした轟くんがいた。いつからそこにいたの、とか、まさか全部聞いていたのだろうか、とか言いたいことはたくさんあるけれど。だとしたら恥ずかしすぎる。少しだけ目を見開いた炎司さんが視界の端に移るころにはわたしは轟くんに手を引かれて轟家を飛び出していた。



◇ ◆ ◇



「落ち着いたか?」
「うう…面目ない…」



公園のベンチで俺の貸したハンカチをぐいぐいと目元に押し当てる仁科を見ながら、先ほどのやり取りを思い出す。仁科は確かに、クソ親父と俺のことで会話をしていた。テーブルの上に俺のノートが置いてあったから、仁科はきっとそれを届けに来てくれたのだろう。どうして俺のいないときにくるんだ、と思ったけど、よく考えたら俺は仁科の連絡先を知らなかった。もう1年も一緒にいるのに、知らなかったのかと思う。学校外で会うことはなかったし、当たり前か。(その分、学校ではよく行動を共にしているけど)



「さっきの言葉…」
「あ、!ええっと、あれはほんと……ごめん、轟くんの家の事情も知らないのに勝手なこと言っちゃって…炎司さんにも謝らなきゃね」
「(炎司さんなんて呼んでんのかコイツ)」
「轟くん…?」
「いや、謝る必要ねぇから心配すんな」
「……わたしの言ったこと、全部聞いてた?」



仁科の言葉に小さくこくりと頷けば、彼女はばつが悪そうに下を向いた。そう、全部聞いていた。クソ親父が俺のことを"作品"だと豪語したこと。俺はアイツのそういう考えを否定してやりたくて、左側を絶対に使わないと決めている。右の、お母さんの力だけでいい。そう思っていたけれど、先ほど彼女の言った「轟くんがなりたい自分になれるように」という言葉が何度も何度も俺の頭の中で走り回る。



「俺こそ、家のこと何も言ってなくて悪かった」
「そこは大丈夫だよ、言いたくないこともあるもん」
「……嬉しかった、仁科が、親父にああ言ってくれて」
「…わたしは、間違ったことはひとつも言ってないと思ってる」



「轟くんは、なりたいものになっていいんだよ」と真っ赤な目で笑う彼女。胸のあたりがぽかぽかとしているような気がして、視界がじわりと歪んだ。仁科の赤くなった目元に触れる。びくりと揺れた彼女と視線が交わる。「…いつか、全部話すから」そう小さく零せば、彼女は嬉しそうに笑うだけだった。




20220527