そして鼓動は早まっていく


「ねえ、わたし轟くんと付き合ってるんだって」



そう笑いながら言った仁科の顔を見て、「……は?何だそれ」という間抜けな声が出た。幸いクラスはガヤガヤと騒がしく、俺たちの話も空気に溶け込んでいた。季節はもうすぐ夏休みというところで、ここ最近はクラスどころか学校全体が浮足立っているように感じる。夏休みをどう過ごすかはそれぞれの勝手だが、なんとなく、夏休みのどこかで仁科と会うような気がしていた。(特に約束はしていないけれど)(連絡先を交換したが、毎日のように一緒にいるからかわざわざ連絡を取り合うようなことがないとも言える)



「いや、なんか昨日の放課後、他のクラスの男子から告白されて」
「ああ…(だから昨日一緒に帰れないって言ってきたのか)」
「その時に轟くんと付き合ってるんだろ、って言われた」
「別にそういうんじゃねえのにな」
「ね!否定しても信じてもらえなかったからもう言うのやめたけど」



隣の席で頬杖をついて困り顔を見せる仁科。つーか、告白とかされてんのか。よくわからないざわざわとした気持ちになって、胸の真ん中あたりを抑えた。俺から見ても、仁科は男子から人気があるんだと思う。明るい性格で、誰かが困っていたら真っ先に助けに行くし、分け隔てなく優しい。常に笑顔を携えているような気もするし、なんで俺みたいなやつと一緒に飯食ったり登下校しているのかよく分からない。ふと、仁科の言葉を思い出して合点がいった。



「……あ、」
「ん?どしたの?」
「いや、俺もこの間似たようなこと言われたな…そういうことだったのか」
「うわ、轟くんもか…みんなそういう話好きだね…」
「確かにな」



仁科とは、良い友人関係を築いていると思う。今まで友人と呼べる関係になったヤツは一人もいなかったが、この間親父と言い合ってんの見て信頼できるやつだと再度感じたのだ。仁科が頼りにすんのも、涙見せんのも、全部俺がいい。最近はそんなことを考えては、友人関係とはそういうものだっただろうか?という疑問も生まれていた。
知らねぇ女子から告白されて、「仁科さんがいるのは分かってるんだけど」と毎回お決まりのように付け加えられるその文言は、正直聞き飽きている。別に、仁科とセットにされていることを嫌だとかそういう風には思わねぇから否定するつもりもないが。それでも、仁科と俺の気持ちが同じとは限らない。



「……で、告白してきたやつにはどう言ったんだ?」
「ふは、断ったよ!」
「っ、そうか」



その言葉を聞いて、なぜだか安心している自分がいる。俺は、友達として誰かに仁科を取られるのが嫌なのだろうか。友達というのは、そんな子供じみた思いになるものなんだろうか。「今は轟くんと一緒にいるのが好きだからね」なんて楽しそうに笑う仁科の瞳に、俺はどんな顔をして映っているんだろう。




20220606