きみに世界は満たされていく


仁科と同じ帰り道にも慣れた。最初の頃は時間がたまたま合ったら同じ電車に乗っていたが、ここ最近はなんとなくお互いの準備が出来るのを待って、同じタイミングで教室を出る。誰から言われたわけでもなく、声を掛け合うわけでもなく、ただなんとなく、自分の心地いいタイミングで。仁科にとってもそれが自然となっているのだろう、何も言わずに俺の隣で今日あった出来事を並べていく。

仁科は基本的に俺の左側に立ったり座ったりする。俺のコンプレックスとなっていることを知っているのか知らないのか、火傷のある顔をいつも見上げてはにこにこと笑っている。俺の顔の火傷を見たやつは、初め必ずびくりとするのだ。(基本的に誰とも仲良くしないようにしているためか、きっと目も吊り上がっている)ただ、仁科はそうではなかった。初めから彼女はずうっと同じように笑いかけ、話しかけ、行動している。こんなの、見ても楽しいわけないのに。



「仁科は…気持ち悪くねぇか?」
「何が?」
「俺のこの傷…結構グロいだろ」



電車に乗った後にそう聞けば、きょとんとした後にすこし笑って、「怖くないよ」と何でもないように彼女は紡ぐ。俺の左頬の上あたりに触れ、ゆっくりとなぞる。仁科の手はあたたかい。



「怖いわけない、だって、それも轟くんの一部でしょ?」



そう言う仁科の顔を見るより前に、目の前がじんわりと水気を帯びる。俯いているから、きっと俺の顔は仁科には見えていないはずだ。くすぐったい気持ちと、何とも言えない恥ずかしさがこみ上げてくる。そんな俺を察してか、「少しだけ寝ていい?」と目をつむる彼女。すうすうと呼吸を繰り返す仁科を見ていれば、だれもいない反対側に向かってゆっくりと傾いていく。慌てて彼女の頭をこちら側に引き寄せれば、俺の肩に沈んでいくそれ。仁科の綺麗な髪の毛と同じ色の長いまつげがゆらゆらと揺れるのが愛おしい。……愛おしい?ふと、この間仁科に「好きとはどういうことか」と聞いたときの返事が脳内を過る。




例えばその人がほかの人と仲良くしてるとモヤモヤしたりとか
その人にはずっと笑顔でいてほしいとか
その人にもっと触れたいとか
その人といるとドキドキするとか



仁科が他のヤツと仲良くしてんの見るとモヤモヤする
仁科は泣いてたり不安そうな顔してんのより、笑ってた方がずっといい
仁科にもっと近づいて触れたいと思う
仁科といる時、最近ずうっと胸のあたりが苦しい


ああそうか、これが



「好きってことか…」



そう呟いた声はもちろん仁科には届いていなくて、ただただ彼女が触れる左肩が熱い。どうしてもっと早く気づけなかったんだろう。もう中2の秋に差し掛かるころ、前兆はもっと前からあったはずだ。ずいぶんと昔に置いてきたような"好き"の気持ちを、やっと掬い取れたような気がする。ぽかぽかと、胸のあたりが温かくなっていく。これからもずっと、仁科と一緒にいてぇ。そう思いながら、寝ている仁科の手に自分の手をそっと重ねた。




20220610