熱持つ頬をつねってほしい

それは体育の授業中、肌寒そうにしている仁科にジャージの上着を貸したのがきっかけだった。夏も終わり、秋に差し掛かったころでここ最近は体温調節が難しい。今週では一番気温が低い日だというのにジャージの上着を持ってくるのを忘れてしまったという仁科は、教室からグラウンドまでも寒そうに肌を擦っていた。俺が着ていた上着を脱いで渡してやれば、「いいの?」と遠慮がちに上目遣いでこちらを見てくる仁科。最近仁科のことが好きだと気づき、こういった他愛ない仕草が可愛いと思ってしまう。こくんと頷けば、お礼を言って俺のジャージに袖を通す彼女。



「………轟くんもしかして身長伸びた?」
「ああ……わりと」
「声も少し低くなった…?」
「声変わりしたな」



そう答えれば、仁科はハァと深いため息をついた。仁科にとってはぶかぶかの袖と長めの丈で、明らかに彼女本人のジャージではないことが丸わかりだ。入学したては俺でもわりと大きめだったが、成長期を迎えた今はしっくりとくるようになった。身長も170cmを超え、きっとこれからも少しずつ伸びていくであろう俺と、158cmで止まっちゃったからなあと嘆く仁科。



「毎日一緒にいるから気づきそうなもんだけど、逆に近すぎて全然気づけなかったよ」
「意外と一緒にいる方が気づかないもんだよな」
「なんていうか」
「なんだ?」
「轟くんも男子なんだなあって…なんかいっぱい成長してずるい」



その言葉に首を傾げた。確かに俺は男子で、仁科は女子だ。まあ確かに、俺と仁科の体型はどんどん変わっているけれど。仁科も最初に出会った頃と比べたら垢抜けたというか、顔つきもすこし大人っぽくなったと思う。もともと人懐こい笑顔ではあったが、それに大人っぽさが加わった。俺だけではなく、仁科もたくさん成長している。



「…お前は俺をなんだと思ってんだ」
「えっ!いやいやちゃんと男の子として見てる!……って言い方だとおかしいような気もするけど、そういうこと、です」
「………」
「轟くん?」
「…先生呼んでるぞ」
「わ、ほんとだ!ありがとー!」



ちょうどいいタイミングで先生が遠くの方で仁科を呼んだから良かった。でなければ、俺はみっともない顔を好きなやつに晒していただろう。"男の子として見てる"という仁科の言葉を思い出し、上着も着ていないのに身体全体が火照るのを感じた。なんの気もないその言葉ひとつで俺はこんなにも振り回されている。




20220629