セオリーなんて裏切っておいで


第1回目の進路希望調査を先生に提出したけれど、わたしのモヤモヤはどんどん曇っていくばかりだった。わたしの成績で普通科は比較的通りやすいということで、先生にもどうしてこの高校にしたいんだとか理由を色々聞かれたけど、ぼんやりとした受け答えしか出来なかった。



「(わたしは、ヒーローになれるのかな…)」



面談後にひとりで帰路につくと、(面談の時間が遅かったから轟くんには先に帰ってもらっていたのだ)ざわざわと賑やかな声。どうやらヴィランが現れた後のようで、大勢の人だかりが出来ていた。遠目から覗いていたにも関わらず揺れる炎は、そこにエンデヴァーがいることをありありと示していた。群衆の向こう側にいるエンデヴァーと目が合ったような気がして、ばっと逸らす。あれから炎司さんには1回も会えてないし、と気まずい思いをしながら立ち去ろうとすれば、後ろからかかる大きな呼び声。



「あきらァ!!!」
「……声、大きいですよエンデヴァー…」



群衆の視線がわたしに向いて、恥ずかしくてカバンで顔を隠す。幸いテレビカメラ等も撤退した後だったらしく、野次馬のみにジロジロとみられながら呆れたようにそう言えば、何やら近くのヒーローたちに指示をして人込みをかき分けて近づいてくるエンデヴァー。顔が怖い、今すぐ帰りたい。がしりと腕を掴まれては逃げることなどできず、そのままエンデヴァー事務所へ連行されたのだった。(轟家の比じゃないくらい大きくてそれこそ落ち着かない)落ち着いた内装の社長室に案内され、ふかふかしたソファに腰かける。じいっと見つめてくる炎司さんの視線が耐えられなくて、小さく口を開いた。



「あの…炎司さん、なんであんなところで呼び止められたんでしょうか…」
「……思いつめたような顔をしていた」
「え、」
「以前うちに来た時よりも随分と顔が浮かないな」
「ウッ…その節は失礼しました!」
「気にするな」



あの時のわたしの言葉など気にも留めていないという態度の彼は、わたしの方をしっかり見つめて「何か悩みでもあるのか」と問うた。まさか炎司さんからそんな言葉が出てくるなんて思っていなくて、ぽかんとしてしまう。困っている人がいたら放っておけない、という点では本当にヒーローなのだと実感した。



「…ヒーローになれるかどうか、悩んでて」
「進路か」
「普通科で考えてたんですけど、ある人からヒーローに向いてるって言われて」
「確かにあきらの個性はヒーロー向きだな、災害救助に役立つだろう」



ヒーロー向き、なんだろうか。結果的に、わたしは自分に自信がないのである。誰かの役に立つことはもちろん好きだし、誰かを守れる力が手に入るならそれは嬉しいことだ。炎司さんの言葉を聞きながら、サイドキックの人が淹れてくれた緑茶をごくりと飲み込む。それに、と彼は続ける。



「なれるかどうかではない、なりたいかどうかだろう」
「!」
「あきらがヒーローになりたいのであれば、自ずと結果はついてくる」



炎司さんの言葉に目を見開いた。なれるかではなく、なりたいかどうか。じんわりと広がっていく言葉に、ぎゅうっとスカートを握る。まっすぐな言葉で伝えてくれるところは親子そっくりだなあなんて、轟くんが一番嫌がりそうなことを考えてくすりと笑う。「ありがとうございます炎司さん、元気が出ました」と言えば、腕組を解いてわたしの頭をがしがしと撫でる。おとなの、大きな手だ。



「炎司さんって意外に面倒見いいですよね、顔怖いけど」
「一言余計だが…その度胸は買ってやろう」




20220705