わたつみは一番星に恋をする


「あ、」
「あれ?轟くんもこの電車なんだ!」
「ああ…仁科もか」
「うん、一緒に行こう!」



もちろんそのつもりだ、なんて言葉は出てこず、ただ仁科の誘いに頷いた。中学の頃から一緒に登校していたし、今更何かが変わるかと言われたら何も変わらないとは思う。それでも、雄英高校に通うようになってからは電車のルートも違うし、知らない奴らばっかりだ。唯一おなじ中学から進学した仁科は、相変わらず毎日楽しそうにしている。仁科が笑っていると俺も嬉しい。
ただ、朝の通勤ラッシュ時には仁科の笑顔も崩れ、少しだけ緊張した面持ちになるのだ。どうやら仁科は満員電車というものが苦手らしく、中学のときも苦労していた。出会った初めの頃に「わたし朝の電車、結構苦手なんだよね」と苦笑いしていたのを今でも覚えている。気付いたら中へ中へと押し込まれるようにして今に至るが、如何仁科との距離が近い。



「大丈夫か?」
「う、うん…平気……わっ、」
「おい、大丈夫、か…」
「(わ 距離、近い、!)」



ぐらりと揺れた電車。そのまま仁科の身体は俺の方へ倒れこむようにしてくっつく。どきりと心臓が高鳴った。そういえば、中学の頃にもこんなことがあったかもしれない。あのときはまだそこまで仲が良いと言えるほどではなく、どうしたもんかと思っていた。俺よりも小さくて、俺がいなかったらこいつはきっと埋もれちまうとそのときは思った。が、今はどうだ?ただそう思うだけではなく、ふわりと香る仁科の匂いや柔らかな身体に思わずごくりと息を飲んだ。こいつのことを恋愛的な意味で好きだと自覚しちまってからは、どうにも普通じゃいられない。はやく降車駅に着いて欲しいとも思うし、このままでいて欲しいとも思う俺はおかしいのだろうか。押しつぶされている彼女を守るように腰に手を添えた。

混雑した電車を降り、駅から学校までの距離はそう遠くなく、いつも通りゆっくりと歩く。(顔や耳がどうも火照っているような気がして、少しだけ暑い)仁科を見ると、彼女も俺と同様すこし暑いのか顔の前で両手をパタパタとして仰いでいる。その姿すら愛おしい。



「あ、さっき守ってくれてたでしょ?大丈夫だった?」
「ああ、お前のことが心配だった…潰されてただろ」
「へへ…ありがとう、轟くんがいてくれてよかった」
「……これから先も同じ電車だろ」
「ふふ、そうだね」



そう言う仁科の頭をいつものように撫でてやれば、気持ちよさそうに笑う。嬉しそうな声色で「明日からは一本早くしようか、轟くんも」なんてどこかで聞いたことのあるような言葉を添えて。




20220526