きみの隣に縫い付けて


「仁科のこと、名前で呼んでいいか?」
「…………へ?」



俺のことをポカンとした表情で見る仁科。まさか俺がそんなことを言うとは思っていなかったのだろう、元々まんまるとしてる目をいつもの3倍はかっぴらいている。アホ面だ。まあ、驚くのも無理はないだろう。今まで「轟くん」と呼ばれることに別段不満はだかったが、それでは物足りなくなってしまったのだから仕方ない。これが、所謂"独占欲"というやつだろうか。
雄英に入って少し経った頃、多分ヒーロー基礎学で初めて演習した後だ。仁科が緑谷のことを『デクくん』と呼んでいることに気がついた。緑谷のことは最初苗字で呼んでいたはずだが、いつの間にあだ名で呼ぶようになったんだ。他の誰でもない、緑谷だ。(オールマイトに目を掛けられているし、その理由も気になるヤツだ)なんてことない、と思いながらもモヤモヤしている自分がいて情けない。どうも仁科のこととなると調子が崩れてしまう。



「ダメか?」
「え!?だ、だめじゃないけど…どうしていきなり?」
「……おまえが」
「わたし?」
「…………おまえが、他のヤツのこと親しげに呼ぶから」



嫉妬した、なんてことは言えずに口を噤む。顔が火照るのを感じて、右手で口元を覆った。クソ、自分の身体じゃねぇみたいだ。(きょとんとした仁科がくすくすと笑い出す頃には火照りも引いていたが)笑うところがあっただろうかと首を傾げていると、ゆっくりと仁科が近づいてきて、俺の左手を取った。



「じゃあ、わたしも焦凍くんって呼んでもいい?」
「…っ」
「わたしが一番信頼できて、大切なのは焦凍くんだから そう呼びたいの」
「…いいに決まってる…ありがとな、あきら」
「……へへ、なんか照れるね」



そう言って顔を赤らめながら頬をかく彼女。普段は家族からしか呼ばれないその名前を彼女が紡ぐだけで、名前に花が咲いたように輝く。嫉妬なんてみっともないと分かっていても、こいつを独り占めしたいと思っていても、今は彼女が嬉しそうに俺の名前を呼んでくれることが幸せだ。たくさん名前を呼んでほしいし、俺も呼びたい。あきら、ともう一度呼べば「なあに、焦凍くん」と春が綻んだように笑うのだ。




20220531