揺れるハートビート


「…焦凍くん、ここの問題なんだけど聞いてもいい?」
「ああ」



焦凍くんと呼ぶようになってから、すこし経った。やっぱりまだ慣れなくてむず痒い。ずうっと苗字で呼んでいたからわたしはわりと緊張していたりするんだけど、当の焦凍くんは全然気にしていないようで、いつも以上に柔らかな笑顔で「あきら」と呼んでくれる。そもそもあきらっていう名前が男の子っぽいから呼びやすいのかな、とも思ったけれど、織に聞くと「…そういうことではないんじゃないかな」と苦笑いを浮かべていたのは記憶に新しい。



「あ、解けた!ありがとう!」
「いや、あきらの理解が早いだけだ」



そう言いながらいつも通りわたしの頭を撫でる焦凍くんに顔が綻ぶ。わたしの前ではいつも柔らかな笑顔を見せてくれるけど、他の人にはいつだって無表情だ。彼ももっと友達つくったりとか笑ったりとかできるといいなあと入学する前から思っているけれど、なかなか難しい。雄英に入学してからさらにとげとげしい感じが増した気がするのは気のせいではないだろう。

お手洗いに行こうと教室を出ると、後ろから「おい」と声をかけられた。もはや聞きなじみのある声に、ため息をつきながら振り向いた。



「なあに、爆豪」
「お前、デクのこともあだ名で呼び始めたと思ったら、半分野郎のことも名前呼びかよ」
「わたしが誰をどう呼ぼうが勝手でしょ!」
「クソ雑魚が調子乗んじゃねぇぞ!!」
「あ〜もう、うるさいな『かっちゃん』は」
「か…!?!!?」
「あっやば、」



思わず彼の嫌がる『かっちゃん』呼びをしてしまった。口を覆うように手を当てれば、その手をぐいと引っ張られる。見上げれば目の前にはこれでもかと眉を吊り上げた爆豪がいた。「テメ、その呼び方して無事に帰れると思うなよ…」なんて怖いことを言っている。指の先から空気中の水分を集めて水鉄砲のように噴射させれば「、オイ!!何すんだボケ!!!!」という言葉と共にびしょ濡れになった顔を近づける爆豪。



「実はデクくんと話してるとき…たまに『かっちゃん』呼びがうつっちゃうんだよね」
「な…」
「はいこれ、ハンカチどうぞ」
「言われんでも使うわ!!!寄越せや!!!」



もはやぶん取るようにしてわたしの手から可愛いうさぎが刺繍されたタオルハンカチを奪う爆豪。がしがしと顔を拭く爆豪を横目に自分の手首を見る。そこにはくっきりと彼の掴んだ跡がついていて、これでおあいこだななんて思った。



「…かっちゃんはヤメロ爆破すんぞ」
「うっ…爆破はやだな…ごめんね爆豪」
「…き」
「え?」
「勝己で、いい」



まさか爆豪がそんなことを言うなんて思ってもみなくて、口をあんぐりと開ける。よっぽどかっちゃんって呼ばれるのが嫌なんだなあなんて思いくすくすと笑うと、「笑ってんじゃねぇクソ水鉄砲女」と恐ろしい形相でわたしの頭をがしりと掴む。相変わらずめちゃくちゃ痛い。



「ごめんって!ゆるして勝己!」
「……クソが!!!!!!!(BOMB!)」
「なんで!?!」




20220602