恋に咲くらむ


つい最近まで、誰かを好きになるなんてありえねェ、必要ないと思っていた。この女と知り合うまでは。



「勝己、聞いてる?こっちとこっち、どっちがいいかな?」



そう言って水色とオレンジ色のマグカップを両手に持つあきら。この間、寮で使っているこいつのマグカップをうっかり落としちまった俺は、新しいマグカップ選びに付き合わされている。本来であれば休日はランニングしたり、筋トレしたりして過ごすのが常だったが、こいつと一緒に雑貨屋でマグカップなんか見ているなんて、24時間前の俺は思いもしなかっただろう。二人でこんなところにいるとか、なんつーか  そこまで考えて、舌打ちをひとつ。



「うわなに、どうしたの?」
「…何をそんなに悩んでんだよテエーは」
「だってどっちも可愛いもん、選べないよ」



「水色は色がキレイだし、オレンジはデザインが可愛い」と眉を八の字に曲げて唸るあきら。この姿を見るのもまあ嫌ではないけれど、そろそろお昼時で腹も減った。さっさと決めて飯行くぞ、と言いたいところではあるが、なんとなくこいつの邪魔をすることは憚られた。恋愛なんてろくなもんじゃねぇなと思いながら、自分の好きな方を指さす。



「ん」
「オレンジ?」
「テメーにはこれくらい明るい色の方が合うだろ」
「そう?…勝己が選んでくれたし、これにしよ!買ってくるね!」



そう言ってレジに向かおうとするあきらの手首を掴み、「俺が出す」と伝える。割っちまったのは他でもない俺なのだから、俺が払うのが普通だろ。あきらはきょとんとした後、くすりと笑って「じゃあ、お願いします ありがとう」と俺の頭を撫でる。なんで俺がいい子いい子されにゃならんのだ!と言いたいのをぐっと堪えるが、頬がすこしだけ熱を帯びたのを感じてその手を振り払い会計を済ませた。クソが。



「飯行くぞ」
「はい!…ふふ、」
「あ?んだよ気持ち悪ィなニヤニヤして」
「勝己から初めてプレゼント貰ったもん、一生大事に使うね!」
「……一生は大げさすぎんだろアホか」



そう言って今度は俺がアホ女の頭をがしがしと撫でる。あきらといると、胸がざわざわする。コレが何なのか随分と前から知っているし、この感情を引きずって内側に籠らせて、吐き出すことが出来ない自分のことを情けねェと思ったことも何度もあった。誰かに取られねェ内になんて思ってみても、やっぱり俺の隣でバカみたいに笑うコイツが変わっちまうのは腑に落ちねぇ。自信がねェわけじゃないが、あの舐めプ野郎が厄介だ。



「さっさと食って帰んぞ、あきら」



そう言ってあきらの細い手首を掴んでぐいと引っ張る。嬉しそうにからからと笑う声が後ろからして、ゆったりとした心地よさに浸った。




20220616