呼吸すらも委ねてよ


どうして、と声が上がった気がした。
お腹のあたりのぬるりとした感触や焦凍くんの悲痛な表情から、ああきっと、わたしは出血しているんだろうなとか、心配をかけさせてしまって申し訳ないなとか、色々と思うことはあるけれど。やはり最終的に思い浮かべるのは、敵に連れ去られてしまった彼のこと。無事に、みんなに救出されただろうか。泣きそうな表情で「あきら」と叫んだ勝己の顔が脳裏に浮かんで、そして意識を手放した。



◇ ◆ ◇



ぱちりと目を覚ませば、真っ白い天井と薬品の香りがした。ゆっくりと起き上がって見慣れない病室を眺め、ため息をつく。わたしは敵に攫われた勝己を救出に行って、ひとりだけ負傷してしまったのだった。みんな無事で帰ってくるはずだったのに情けない。焦凍くんが機転をきかせて父と母のいる病院に運んでくれたからか、あまり大ごとにはなってない様子だった。(昨日運び込まれた時、目を覚まして一発目に焦凍くんや両親から大目玉を食らったことが一番の大ごとだ)

わたしはどうやら、腹部と腕に怪我を負ってしまったらしい。1日経過観察で入院になってしまったけれど、明日の午前中には退院できそうだ。にぎにぎと両手をぐーぱーして感触をたしかめ、何も問題ないことを実感していると、静かに開く病室の扉。部屋に入ってきた彼の驚いた表情に、少しだけほっとした。



「か、つき」
「お前…もう、起きてもいいんか」
「さっき目が覚めたよ、寝すぎたくらい」



そうかよ、と言いながらベッドの隣にあった簡素な丸椅子に腰かける勝己。彼はわたしよりもぴんぴんとしていて、わたしの怪我のほうが大げさに見える。もしかしたら、助ける必要なんてなかったかもしれない。勝己は、きっと誰かに助けてもらったり情けをかけてもらうことに慣れていないのだろうと思う。伏し目がちな勝己の視線を追えば、それはわたしの腕に巻かれた包帯にたどり着いた。



「傷、残んのか」
「どうだろう、お母さん曰く残っても少しだって話だけど」


もう痛くないし、かすり傷なのに大げさだよねと笑えば、彼は盛大に顔を顰めた。怒っているのか呆れているのかはよく分からないけど、なんとなく、今の姿を勝己に見られたら怒られそうだなあとは感じていた。けれど、彼はわたしの予想に反して静かで、じっとわたしとわたしの怪我を見つめるだけだった。彼の目元にすこしだけ隈ができている気がして手を伸ばせば、そのままぐいと腕を引かれて抱きしめられる。いつもの彼からは想像できないような優しい抱擁に、どきりと胸が高鳴った。彼の顔はわたしの肩口に埋められ、表情は読み取れないけれど、耳の近くで鼻を啜るような音がした。



「……おかえり、勝己」
「…うるせー死に急ぎ女」



ぽんぽんと彼の背中を小さく叩けば、それに応えるようにさらに強く抱きしめられたのだった。




20220622 勝己奪還後の話