白波は星に手を伸ばす


ぱちりと目が覚めた。ベッドサイドに置いたスマートフォンの画面を見れば、午前3時。これまた微妙な時間に目が覚めてしまったなあと眠気眼をこする。寝ている間に乾燥してしまったのか、喉の違和感にエヘンと咳払いをした。みんなは眠っているだろうけど、飲み物くらいなら。そう思ってゆっくりと部屋を出る。
談話室に向かえばぽうっと小さな明かりが灯っていて、すこしだけ遠慮気味に覗けば明かりの持ち主とばちりと目が合った。



「あ?なにやってんだ」
「なんだ、勝己か…ちょっと目が覚めちゃったから、なにか飲もうと思って」
「…そうかよ」
「ね、隣いい?」
「勝手にしろや」



冷蔵庫から飲み物を取ってきて彼の隣に座り、しいんと静まった談話室を眺めた。いつもはみんながここに集まるからわいわい賑やかな雰囲気だけど、わたしたち二人だけだとこんなに静かなんだなあ。ひとりだと少しだけ怖かったかも。(別に幽霊とかそういうのを信じているわけではないけど、やはり心細い)となりに座る勝己は無言で麦茶を飲みながらスマフォを弄っている。誰もいない広々とした空間は少し肌寒く、ぶるりと身体を震わせた。



「ここ、ちょっと寒いね」
「普通だろ」
「ふは、勝己は寒がったりしなさそうなイメージ」
「んだよそれ」



そう言うと、勝己は着ていたパーカーを徐に脱いでぐいと押し付けてくる。「これ着てろ」とぶっきらぼうに渡してきたグレーのそれは、勝己の体温がまだしっかりと残っていて温かい。パーカーを脱いだ勝己は黒のタンクトップだけだというのに、寒くないのだろうか。手に持ったそれをじいっと見つめていると、怪訝そうな顔をした勝己が「早く着ろや」と急かす。



「ほんとに寒くないの?」
「テメーと違って俺は鍛えてんだよ」
「…素直じゃないなあ」
「何か言ったか」
「ううん」



ゆっくりとそれに袖を通せば、一瞬で身体がぬくもりに包まれる。半袖にショートパンツといった完全に寝巻きのわたしにはちょうどいい暖かさだった。中学の頃、焦凍くんに体操着の上着を貸してもらったことがあるけれど、その時と同じようにわたしの身体には大きく、袖もぶかぶかだ。クラスの男子はほぼみんな背が高いから、それも当たり前のことなんだけど。そう考えてマグカップを口元まで運べば、ふわりと鼻を掠める香り。



「あ」
「あ?」
「勝己の匂いがする」
「は、」
「あ、安心してね!いい匂いだから」
「聞いてねえよ!!!」
「しーっ!みんな起きちゃうでしょ!」



勝己の大きな声に焦ったわたしは、彼の大きく開いた口元を手で塞ぐ。わたしの行動に驚いたのか、目を大きく見開く勝己と、すこしだけ縮まった彼との距離。すこし動けば勝己との距離はゼロだ。またもしんと静まり返ったリビングに、わたしの心臓の音が響いていないか考えてしまうくらい。ぱっと離れて距離をとったけど、余計だったかもしれない。恥ずかしすぎる。
こんな顔見られたくないし、そろそろ部屋に戻ろうかと立ち上がりかけたわたしの手首を、がしりと掴む感触。その温もりは彼以外にありえなくて、「まだ、飲み物残ってんだろうが…」とこちらを見ずに小さな声でつぶやかれたその言葉に、またゆっくりと腰を下ろしたのだった。




20220621