目を閉じて落ちてしまおう


思わず引き留めてしまった。つーか、なんでこいつも起きてんだよ。なんとなく眠れなくて、一度なにか飲んで脳ミソ空っぽにしてから寝ようと思い談話室で過ごしていたところに、あきらが来た。ぽつりぽつりとどうでもいい話をした後、立ち上がろうとしたあきらの手首を掴んだ瞬間に"しまった"と思ったのは一瞬で、気が付けば口からは「まだ、飲み物残ってんだろうが…」と情けない声が零れていた。
自分の行動に一番驚いているのはこの俺だ。パーカーの上からでも分かる細い手首を掴んで少し引けば、そのまま流れるようにもう一度 すとんと俺の隣に腰掛けた。掴んだ左手からじんわりと温かな熱が広がるのが分かる。あろうことか、あきらの手は掴んでいた俺の左手をそのままやんわりと握った。



「…何しとんだ」
「いいじゃん、べつに」



そう言いながら、俺の手のひらを撫でたり押したりして遊ぶ。何がそんなに楽しいんだ。そうは思ってもあきらの手を払いのけるようなことはせず、されるがままとなっている俺の左手。「勝己の手は、厚くてあったかいんだね」そう言いながら俺の手を握ることをやめない。慈しむようなその表情を俺が眺めていることすら気づいていないだろう。じいっと見つめていれば、ぱたりと止まる彼女の手。すると、蚊の鳴くようなか細い声で「ねえ」と呟いた。



「勝己は、怖くない?」
「あ?」
「敵と戦って、傷ついたり、怪我したり そういうの」



お前は怖かったんか。そう問えば、あきらは「怖かったよ、勝己が、いなくなっちゃうんじゃないかって」と呟いた。その声はとても小さく、二人しかいない広いこの部屋にこだまするようだった。いつもであれば届かないような声も、深夜のこの時間であれば簡単に届いてしまうのだ。

そもそも、相当怖いというのに規則を破ってまで俺を助けにきたのかコイツ。誰かを助けたいという気持ちは、クラスの奴ら全員にあるものだし、こいつのモンだけじゃない。ただ、他でもないあきらが怖い思いまでして、俺のところまで来たということにじんわりと胸が熱くなった。お前みたいな弱いやつがヒーローになれるかよ、調子に乗んじゃねえというような否定的な言葉はもちろん出てこない。気づかないように、認めないようにしていた気持ちがじわじわと広がっていく。クソ、めんどくせぇ。

あきらと繋がったままの左手をぎゅうっと握り、空いている右手で無理やり顔を上げさせて頬に触れる。やっと目が合った。なんでお前がそんなに泣きそうな顔しとんだ。



「お前が、」
「……」
「お前がいちばん来て欲しい時に、一番に駆けつけてやる」



だから、そんな辛気臭ぇ顔すんなや。そう言って親指で彼女の頬を撫でれば 「……はは、期待してる」と嬉しそうに微笑んで俺の右手に頬を寄せた。




20220622