真面目にドラマチック

轟くんに消しゴムを貸してから1週間が経った。消しゴム自体はその日のうちに返してもらい、その後は特にこれといった会話はしていない。相変わらず轟くんへの野次馬は止まる気配がないけれど、彼は微塵も気にしていないという素振りでつんとしている。すごいなあ、わたしならあんなに毎日見られたら嫌になっちゃうもんだけど。

◇ ◆ ◇

掃除の時間、今日は外掃除だからとグループのみんなで外へ出る。少しずつ暑くなってきたし、来月の今頃にはやっと着慣れてきたこの長袖とも一旦お別れかなあ。そう思って箒を片手に黙々と掃除をしていれば、校舎の上の方から同じクラスの男子が騒ぐ声。あろうことかバケツを今にも逆さにしようというところ。彼らの表情はいたずらっ子のようなそれで、まさか、階下の人にかけようとしている?ぞくりとして下を見れば、ちょうど掃き掃除をしている轟くんがいた。彼は何も気づいていない様子で、スローモーションのように落下してくる水。焦ってそちらに足を向けるけれど間に合いそうにない。



「っ、危ない!!!」
「…は、」



ぴたりと止まった水を見て、目をまるまるとする轟くん。思わず個性を使ってしまった。まさか、滅多に使わないと思っていた個性をこんなところで使うなんて。こんなときばかりは、水を操る個性で良かったなあなんて思う。どきどきとしたけれど、とにかく轟くんに水が掛からなくてよかった。そのまま轟くんに駆け寄ると、大きな目でわたしを見つめる彼。



「……えっと……」
「仁科か…?お前の個性って…」
「あの、ごめんなさい…つい」
「…いや、いい。助かった」



ふわりと、轟くんの口角が上がる。その綺麗な笑顔に見とれていると、ガツンという衝撃がわたしの頭を揺らす。ぐわんぐわんとひどく目の前が回った気がした。上を見ると、どうやら水が止まったことで驚いた男子たちの手からバケツがすっぽ抜けたらしい。とても痛い。涙目で「廊下でふざけてるとあぶないよ!」と叫ぶと、ばつが悪そうに引っ込んでいく彼ら。口を尖らせて窓の方を見ていると、ぽかんとした顔で轟くんが口を開いた。



「…この間から、仁科には助けてもらってばっかだな」
「ああ、そういえばそうだね」
「水を操る個性か?」
「うん、あんまり使う機会なんてなかったけど、うまく使えて安心した」



そうして痛みをごまかす様に笑えば、少しだけ眉間にしわのよる彼。その表情にまた困ったように笑うわたし。轟くんが無事で良かったよと言えば、眉間のしわはもっと深まったのだった。




20220525