心の種火はまだ小さい


最近すこし、おかしなことが増えた。


隣の席の仁科とは、1年の頃も同じクラスだった。他人に全く興味がないわけではなかったが、俺に興味を持って近づいてくる奴らは大抵が「エンデヴァーの息子だから」というクソみたいな理由だった。そんな理由で近づいてくる奴らとは話もしたくなくて、「知らねえ」だとか「関係ないだろ」とかそういう一言で突っぱねていた。隣に座る仁科とは話したことがなかったが、たまに視線は感じていたし、きっと同じなのだろうと思っていた。


初めてまともに話したのは、仁科が個性を使って助けてくれた時。俺を狙って悪質ないたずらをするつもりだった奴らが撒いた水を止めてくれた。そいつらがクラスメイトだったのかどうかも覚えていない。ただ、仁科の『水を操る個性』というもので助けてもらった時、よくわからない気持ちになったのを覚えている。誰かがメリットもなく俺のことを助けるなんて、今までなかったことだ。



「不思議なもんだな」



そう呟けば、目の前で学校帰りに買ったほかほかの鯛焼きを頬張る彼女は「へ?何が?」と呑気に返事をした。こうして誰かと学校帰りに寄り道して買い食いなんて初めての経験だった。友達と呼べる人は今までいなかったし、物心ついたころにはテレビでオールマイトの活躍する姿を見てヒーローに憧れ、母を否定し俺にヒーローになることを強要した親父を嫌った。そんな俺の色々な感情をすっ飛ばして、こいつはただの善意で俺に話しかけてきたのだ。
今日だって、体育の授業でバレーボールをしていたクラスメイトのミスしたサーブが、俺の方向へ飛んできた。避ければよかったのだろうが、後ろにはクラスの奴がいたからわざとぶつかったのだった。慌てて駆け寄ってきた仁科に擦り傷を指摘され、一緒に保健室へ行って手当をしてもらった。(保健室の先生がおらず、仁科が心配そうに手当てをしてくれたのだ)(貸してもらったハンカチは小さなクマのような刺繍が施してあった)



「こうして、仁科と寄り道とかしてんの 不思議だ」
「ふは、確かにそうだね!轟くんとこんなに仲良くなるなんて思ってなかったよ!」
「(あ、今の)」
「?轟くん、どうかした?」
「いや、なんでもねぇ…」



眉を下げて「もしかして傷痛むとか?平気?」と心配そうに俺の顔を覗いてくる彼女にどきりとした。最近、本当に変だ。この間仁科がうちに来てから、なんとなく 胸のあたりが波打つことが増えた。今までなかった変な感覚だ。今だって、仁科が嬉しそうに笑ったりするだけで変な感覚になる。俺は一体どうしてしまったんだろう。



「あ…ハンカチ洗って返す」
「え?あげるのに…って、クマの刺繍とか苦手かな」
「いや、このクマは嫌いじゃねぇ」
「嫌いじゃないならあげる!捨てちゃってもいいから!」
「、使う」



その笑顔にも、またどきりと波打った自分の心臓に手を当てる。変だ、ほんとうに。このよくわからない気持ちにまだ名前は付けられないけれど、仁科と一緒にいるこの空間が心地いいのは確かだ。しわにならないよう、もらったハンカチをそっと握った。




20220530