チョコレイト・ショー



「演劇部を辞める?」



俺が驚いてそう声を上げれば、彼女は無言でこくりと首を縦に振るだけだった。演劇部に入ることを楽しみに入学したというのに、この心境の変化は一体どうしたものか。まあ彼女のことだろうから、きっと理由があるのだろうけど。もう舞台に立っている彼女を見ることも出来なくなるのかと思うと、やっぱり寂しい。彼女の出る舞台には必ず足を運んでいたし、彼女の出る舞台の写真撮影をさせてもらったりもしていた。どれもいい勉強になったし、楽しい思い出ばかりだ。そんな彼女が、演劇部を辞めると言っている。特に何かを言うわけでもなく、「そうか」と一言呟いてあきらの頭を撫でてやれば、彼女は申し訳なさそうにこちらを見上げた。



「臣くん、たくさん助けてくれたのに…すみません」
「いいよ。それに、こういうときは"ありがとう"だろ」
「そっか…ありがとうございました」



なんとも言えない表情をするあきらだけど、これから彼女が何をするつもりであろうと俺はまた応援して、時には相談に乗ったりしてやりたい。そうした『兄のようなポジション』に落ち着いているのだから。俺だってもっとあきらと近づきたいという気持ちはあるけれど、なかなかそううまくいくようなものでもない。あきらのことを舞台で知ってファンになった友達もいるし、なかなか人気のある子なのだ。そんな子にこうして慕われているのだから、それだけで今は十分だろう。
「あの、わたし入りたい劇団ができて…それで辞めるんです」そう言った彼女を撫でる手をぴたりと止めた。どうやら、俺の心配は杞憂のようだった。あきらの話によれば、その劇団の衣装で入団したくて、面接日も決まっているらしい。もしその劇団に入団することが出来れば、今後役者はしないのだとか。



「今度、ストリートアクトやるんです」
「それが役者としては最後なのか?」
「はい!ぜひ臣くんにも観てもらいたくて」
「もちろん観に行くよ。いつ?」



スケジュール帳を開いて予定を確認すれば、ちょうどバイトもないので観に行ける日程だった。良かった、これで観に行けなかったら俺はきっと後悔している。そう考えて笑みを零せば、彼女は「精一杯頑張りますからね!見ててください!」と満面の笑みを残した。当日会場に到着してみれば、そこには最終の打ち合わせといったような彼女と真剣な表情をしたほかの役者が見えてすこし身震いした。こうしたピリピリとした緊張感は嫌いじゃない。『楽しく』というのをモットーに掲げている彼女のことだ。多くのアドリブを入れて、全員を巻き込んで舞台を完成させるのだろう。いつもアドリブを入れては、ほかの役者に焦った顔をされるという話も聞いていた。(前に観に行った舞台はどれもアドリブを利かせていて、楽しく観せてもらうことが出来た)(あれが打ち合わせなしで出来るなんて、あきらは頭の回転が速いのだろう)
ふう、とあきらが深呼吸をしている。じいっと眺めていれば、その視線に気づいたのかあきらがこちらを見た。嬉しそうに手を振り、「臣くん!観ていてくださいね!」なんて大声で言ったもんだから、集まっていた観客が一斉にこちらを見る。恥ずかしくて笑って誤魔化せば、あきらもぺこぺこと観客に向かって頭を下げていた。



「(たった1年だったけど、彼女が演じる舞台を観られてよかった)」



そう思いながら、ついに始まってしまった彼女の最後の演技をシャッターに収めるのだった。




(180724)