うたかたのおままごとでも



ぱちりと目を覚ました。
え?ここどこ?起き抜けで頭がぼうっとしているのか、今自分がどこにいるのかよく理解できなかった。馴染みのない部屋の内装と、馴染みのない布団、そして、馴染みのある香り。そこでがばりと身体を起こした。ここは、臣くんの部屋だ。そう、わたしは臣くんの料理をごちそうになって、それでどうしたんだっけ?あのまま寝てしまったような気がして、顔からさあっと血の気が引くのを感じた。ごちそうしてもらったお礼にせめて皿洗いくらいは、と思っていたのだけど、まさか食べながら寝た?そんな器用な人いるなら見てみたい。そういえば、ここの家主の臣くんはどこへ?そう思ってきょろきょろと部屋を見回せば、ベッドの下から寝息が聞こえる。まさか。



「(臣くん…床で寝てる…)」



家主を差し置いてベッドで寝るとは何事か。自己嫌悪に陥ってしまいそうになる。そうすると、もぞりと動いた臣くんの瞼がゆっくりと持ち上がった。眠たげな表情でこちらを見上げ、「ああ起きたのか。おはよう」なんて言ってくれる。なんてできた人なんだろう…恐ろしい。聞けば、臣くんはわたしがご飯を食べている間に寝てしまったのでこうしてベッドに運んでくれたらしい。ご飯を食べさせてもらった上にベッドまで運んでもらって、しかも臣くんは床で寝ている。こんな最低なことをするなんて。何かお礼になるようなことが出来ないかと思考を巡らせていれば、臣くんは笑って「いいよ気にするな」と言ってくれた。有無を言わせないその笑みは、臣くんの十八番だ。
そうして、こともあろうにわたしは臣くんの家のシャワーを貸してもらっている。はあ、臣くんは彼女でもなんでもない女にこうやってシャワーを使わせてご飯まで出してあげられるような大人なのだ。本当にいい人。あんな聖人君子を、わたしは今までに見たことがない。



「(いいにおい…)」
「さっぱりしたか?朝飯、できてるぞ」



そう言ってフライパン片手に笑う臣くんがまぶしくて、なんとなくキュッと目をつむった。目を開ければきっと不思議に思ったのであろう臣くんが首を傾げてこちらを見ていた。さすがになにもかもを臣くんにさせるわけにはいかない!そう思ったわたしは、静かに二人分の食器を並べたのだった。そうして昨日の夜と同じようにふたり並んでテーブルにつき、朝食を取り始める。臣くんの作ってくれる朝食は美味しくて、やさしくて、なんだか懐かしい味がした。毎日こんな食事をとることができるなんて、臣くんと結婚するような人は幸せ者だなあなんて思い、ぽつりと「わたし、臣くんみたいな人と付き合いたい…」と零せば、臣くんは飲んでいた味噌汁を吹き出しそうになった。慌ててティッシュを渡せば、せき込みながら「あ、ありがとう」と言ってそれを受け取り口元を拭く。(そっと背中をさすってあげた)



「なんで臣くん彼女いないんですかモテまくってるでしょうに…」
「うーん…なんでだろうな」
「臣くんの彼女になる人…奥さんになる人は幸せでしょうね」
「そうか?」
「はい、だって臣くんこんなに素敵なんですもん」
「…はは、そうか」



そう言ってわたしを見て苦笑いする臣くんの瞳にはなにか含みがあるようだったけれど、聞いてはいけないような気がして特に追及することもなく。モテるというところは否定しないのが臣くんらしい。好意は好意のまま受け取るところ、嫌いではないしむしろ好きな方。わたしも、臣くんみたいな人になれたらいいなあと考える。まあまずは、自分の料理センスをどうにかしなければ誰も嫁にもらってくれないことだろう。幸せな朝、臣くんの作ってくれた暖かいお味噌汁をすすりながら一人思うのだった。




(180727)