ぼくらの明日は愛しくつづく



そういえば、臣くんに一度もカンパニーの名前を伝えたことはなかったかもしれない。自分では言っているものと思っていたけど、昨日の臣くんの驚きっぷりといったら。しかも、綴と知り合いだったというのにも驚いた。世間は狭いんだなあなんて昨日のことを思い出しながら学校までの道のりを歩く。結局あのあとは真澄の練習に付き合っていて1日が終わってしまった。寝る直前までべったりだった真澄。よくあそこまで飽きずにわたしにくっついていられるよなあ。それでもわたしを慕ってくれる真澄のことは可愛いと思う。
1限目は臣くんと同じ授業だ。昨日話せなかったぶん、今日はたくさん話ができるといいな。そう思って入った教室をぐるりと見回せば、既に臣くんの姿があった。わたしは吸い寄られるようにそのまま臣くんの隣に座る。



「臣くん!おはようございます!」
「…ああ、おはよう」



その時点で、なんとなく感じる違和感。必要以上に目を合わせようとしない。山ほど話したいことがあるにも関わらず、ひとつも話題にしない。ピリピリとした空気が肌を刺すようだった。なに?臣くんもしかして怒ってる?でも、何に対して?わたしは昨日、なにかしてしまっただろうか。あの時「じゃあね」と手を振って分かれるまでに違和感を感じた瞬間はなかった。だとしたらそのあと?特になにも会話をしていないし、あれから会ったのは今が最初。それでも、わたしが臣くんの気分を害するようなことをしてしまったのではということに変わりはないだろう。結局何も思い浮かばず、一緒に受けている授業も終わった。臣くんをお昼ご飯に誘えば、いつもは二つ返事で返してくれるのに今日は「ごめんな」と言われてしまった。さすがにおかしい。臣くんに聞かない限り、きっとこのモヤモヤは晴れてくれないんだろうな。
そうして休憩中に見かけた臣くんは、彼の友達であろう人たちといるときはいたって普通の、いつも通りの臣くんだった。わたしといるときだけあんな態度。絶対になにかしてしまったに違いない。話の腰を折るのは悪いと思ったけれど、このままなあなあですませてしまうのは嫌だと思ったわたしは、臣くんのシャツの裾をぐいと引っ張っていた。「ちょっといいですか?」強引だとは思ったけど、そう言って彼の友人たちから少し離れたところで口を開く。



「臣くん、わたし何かしましたか?」
「…いや、なにもしてない」
「じゃあ、なんで目を合わせてくれないんですか。臣くんと話せないの嫌です…」
「ごめんな」
「わたしが何かしたなら言ってください、じゃないと謝ろうにも謝れません」
「そうじゃなくてその…彼氏がいるなら、あまり仲良くするのも悪いだろ」



その言葉を聞いて、真っ先に出てきたのは「は?彼氏?なんの話ですか?」なんていう間抜けな声だった。(わたしの顔もきっと大間抜けな顔をしていただろう)わたしがそう言ったからか、臣くんもぽかんとした顔をしていた。よくよく話を聞いてみれば、どうやら臣くんは真澄のことをわたしの彼氏だと勘違いしていたらしい。なんともおかしな話だ。わたしと真澄が付き合っているような仕草をしただろうか。まあ確かに、わたしと真澄の距離感というものは基本的に近いのだろう。わたしだってあんなに純粋に男の子から迫られたのは久しぶりのことである。誤解だということが分かった臣くんはといえば、心なしか恥ずかしそうに、そして申し訳なさそうにしていた。



「悪いな、あきら」
「いやいや!いいんですよ!」
「あの男の子、あきらに抱き着いてたしそうなのかなと思って…」
「!?ああ、も〜ホントあれは日々のスキンシップのようなもので…!」
「スキンシップ?」
「そうなんです!」



そう宣言すれば、臣くんはひっそりと眉根を寄せた。まあ、年ごろの男の子がくっついてくれば"ただの"スキンシップだとは考えもつかないだろうなあ。本当に真澄はわたしのことが好きらしいけれど、こちらからすれば弟のようなペットのような、そんな感覚のものを相手にしているに過ぎない。わたしは笑って「臣くんがそこまで気にするようなことでもないのに!」と、そう言えば彼は困ったようにくすりと笑う。その仕草を不思議に思って首を傾げれば、臣くんは笑うのをやめてわたしの頭にぽんと手を置き一言。



「あきらは、まだ知らなくていい」



あまりにも真剣なそのまなざしに、わたしは何故か目が逸らせなかったのである。あたたかな臣くんの手のひらの感触以外は、時が止まったように感じた。なにはともあれ、臣くんの誤解も解けた。明日からはきっとまた、笑顔で話ができるんだろう。臣くんの目を見つめ、どきどきと脈打つ心臓。そのよく分からない感情に、わたしはひっそりと見ないふりをした。




(180808) おわり