忘れえぬ夜を

その日は、偶々訪れた。

MANKAIカンパニーに入ってふたつの季節を超えた頃、摂津万里という男に出会ったのだった。わたしが彼と出会ったとき(というよりは見つけた、もしくは拾ったと言った方が近いのかもしれない)、わたしは少し前まで一人暮らしをしていたマンションに次の公演の衣装に必要な荷物を取りに行って、寮に戻る道中だったのである。寮にいると、一人暮らしの時のことをまるっと忘れてしまいそうなくらい楽しくて、もう一生一人には戻れないんじゃないかなあと感じることも多い。春組と、もうすぐ公演を迎える夏組のみんなのことを思い出して、少しだけ口角が上がったのが分かった。




「(…あれ?)」




ふと、視線の先にうつる人影。秋が近づいてきて、少しずつ日が暮れるのも早くなっている。うっすらと夜の空気を出し始めた明るみの中に、一人の男の子が横たわっているのを見つけ、そろそろと近づく。近づいてみると、思ったより外傷が多いようだ。意識はあるようで、「うう…」という呻き声のようなものも発している。今の所、自分以外の人影もなく、妙に胸のあたりがざわざわとした。もしも、わたしがこのまま彼をここに放置してしまえば、彼に声をかける人もいないだろう。そう考えたわたしは、意を決して彼に声をかけた。




「ちょっと、大丈夫?」
「………」
「すごい怪我じゃん、何したの、ケンカ?」
「…うるせえよ」
「立てる?早く帰って手当した方が…」
「うるせえっつってんだろ!」




そう怒鳴りつけられ、正直カチンときてしまった。(今思えば、怪我人相手に怒鳴るなんてわたしも大人気なかったなあと反省している)心配して声をかけたというのに、この態度はなんだろう。見た目からすると高校生か、わたしと同じくらいか。しかも結構、声も低いし身体も大きい。男の人、という体つきをした彼の大きな声に、すこしだけ身体が震えた。それでも、彼を放っておくことはわたし自身許すわけがなく、わたしの口から飛び出たのは彼のソレと同じような柄の悪い言葉だった。




「うるせーのはアンタだバカ!」
「!!」
「わたしの家すぐ近くだから、そこまで歩ける?」
「(かっこわりー……)」




気づけばわたしは、彼を自分の家まで運び、何事もなかったかのように彼の頬やおでこに出来た傷を手当てしてやったのである。見た目通りと言っていいほど、彼の身体は大きく、わたしが一人で抱え切れるものではなかったため、彼にはなんとか歩いてもらうことになったけれど。肩に触れる彼の手は大きくて、とても熱を持っていた。きっととても痛いし、辛いんだろうなあと、家に着くまでの数分で思う。家に着くなり、ソファにどかっと彼の身体を投げるようにして乱暴に座らせると、彼は思い切り眉間に皺を寄せ、不機嫌をあらわにした。切れたり、擦れたりして赤くなった肌にじんわりと染みていく消毒液と、彼の「いっ…」という痛みを堪える声以外には、特になにもBGMのない部屋。わたしと彼の出会いは、そんな静かな夜だった。





(170305)