ほほえみトゥナイト



相も変わらず仏頂面でわたしのことを真っ直ぐに見る彼の瞳は、わたしを見定めるようなそんな意図を含んだものだった。きっと、彼の中のわたしは「危ない女」「頭のおかしい女」「怪しい女」のうちのどれかだろうなと思う。(どれにしたって嬉しくないけど)消毒液を使用したのも久しぶりで、救急箱のなかにあるか不安だったけれどちゃんとそこによく見る青い蓋の容器があって安心した。何も言わずこちらを見つめてくる彼の目をチラリと見れば、気まずそうに逸らした。



「はい、終わったよ」
「……どーも」
「も〜ほんと喧嘩もほどほどにしておきなね?」
「…うるせ〜」
「一応心配してるんだから、ちゃんと受け止めてよね」
「……」
「何か飲む?って言っても、お茶かコーヒーくらいしか淹れてあげられないけど」



そう言いながら立ち上がれば、ぐい、と引っ張られて彼にもたれかかってしまった。この二人の空間の中で、引っ張るのは目の前にいるこの男しかいない。何するの、という気持ちで彼を見やれば、不敵な笑みを浮かべてこちらを凝視する彼。さすが男の子、力が強い。結構身体も大きかったし、彼にとってはわたしを組み敷くことなんて造作もないのだろう。そう思っていれば、本当にぐるりと視界が反転して、見えるのは彼の顔と天井、煌々と光るライト。まさか本当にやるとは。自分の予想能力が恨めしい。



「簡単にオトコを家にあげてんじゃねーよ」
「…そういうつもりなら、元からアンタみたいなボロボロ男なんか無視して他の人に声かけてるよ」
「バカじゃねーの」
「バカだと思うなら、わたしのこと襲ってみなさいよ」
「…っ」



その瞬間手が緩み、隙を狙って彼の下から這い出る。ポカンとしている彼をよそに、そのままキッチンに向かってコーヒーを淹れた。ああ、なんて疲れる夜なんだ。今日はもうMANKAIカンパニーに戻らず、ここで寝てしまおう。監督と真澄くん、心配してるだろうな。(その証拠に、さっきからマナーモードにしている電話がぶるぶると音を立てて震えている)(きっと真澄くんからの着信か、もしくはメールの通知に違いない)



「インスタントだけど、飲む?」
「……飲む」



ふたつのマグカップをテーブルに持っていけば、ばつが悪そうにこちらを見る彼。名前も知らないけど、きっとこの子根はいい子だ。結局彼はマグカップの中のコーヒーをすべて飲み干し、小さく「サンキュ」と言って出て行った。そういえば名前、聞き忘れたなあなんてマグカップに口をつけながら思った。



(180618)