縁結びアフター・サービス



あれから数日が経った。あの夜起きたことは嘘だったかのように、わたしは日常を取り戻している。本当に、彼はまぼろしだったのではないかと思うほど。
あの夜はそのまま家で寝て、次の日に大きな荷物を抱えて寮に戻れば、飼い主を見たペットのようにわたしの元へ駆け寄ってくる真澄くんがいた。いつも以上にスキンシップの激しい彼を宥めつつ(というかわたしが1日いなかっただけでここまで狼狽えるなんて、本当に彼の将来が心配だ)、わたしは名前も知らない茶髪の彼のことを思い出す。傷は大丈夫だろうか、ちゃんと家に帰れただろうか、親御さんは心配していなかっただろうか。真澄くんに抱き着かれながら考えたところで答えは出ず、午後から大学の授業に出たのだった。

そうしてまた、わたしは自分の家に荷物を取りに帰ったところ、わたしの家の前に人影がひとつ。なんだか見たことのあるシルエットは、足音に気付いたのかこちらを見てぎょっと目を見開く。きっとわたしも同じくらい驚いていて、ちょっとだけ後ずさってしまった。インターフォンを押そうとしたのであろう彼の手は、行き場がなさそうに彼のパンツのポケットに突っ込まれた。深くかぶったキャップがよく似合っていて、まだ明るいなかで見る彼の顔は思ったより目鼻立ちもはっきりしていて、前についた傷もほとんど治っているようだった。



「…えっ、何してんの…」
「!!っだよ、お前今までどこに…」
「怪我、もういいの?傷跡もあんまり残ってないね」
「……もー大丈夫だっつの…いつの話してんだよ」
「えっ、あ、そっか!もうあれから時間経ってるもんね」



あはは、と笑えば、彼も少しだけ口角を緩めた。とりあえず入りなよ、と言うと遠慮なくずかずかと入ってくる。それでも靴はちゃんと揃えるので、やっぱりこの子根はいい子だ。高校生だとは思うんだけど、それなりに大人びた顔をしているしもしかして大学生?という疑問もあるし、いろいろ話をしたいと思っていたのでちょうどよかった。また同じようにコーヒーを淹れてあげれば、今度は受け取るときにきちんとお礼を言った。



「つーかお前いないこと多くね?」
「ん〜〜まあね」
「……オトコのところ?」
「えっ!?いや……そうといえばそう、かな…?」
「(オトコいんのかよ…)」



項垂れるようなしぐさを見せた彼は、わたしの顔をみてひとつ舌打ちをした。なんてマナーの悪い…と思ったけれど、咎めるのはやめた。まだ名前も年齢も知らない人なんだし。あの夜しか、わたしたちの関係は作れていないのだから。ずずっと熱いコーヒーを飲む。そろそろ春も終わるのだから、アイスコーヒーにしてあげればよかったなあなんて思ったけれど、彼は特に気にした様子もなくゆっくりとコーヒーに口をつけていた。すこしだけ沈黙が続いた後、その静寂をきったのは彼の方だった。



「今回が初めてじゃねえよ、来たの」
「は?」
「あれから何回か来たんだけどアンタいねーんだもん」
「あ〜…なるほど」
「?」
「大家さんから連絡きてさ、不審な男がよく家の前にいるとか言われちゃってて……ふは、不審な男って、キミのことだったんだ」
「な…!!」



「確かに何回か来てたけど、不審者扱いはねーだろ…!」と言ってがっくりと肩を落とす彼がなんだか可愛くて、その頭を撫でる。自分でも驚きの行動だったわけだけど、彼のほうが驚いているみたいで、わたしの方をじいっと見つめていた。そろそろ、距離を詰めてもいいだろうか。きっとそうやってわたしの家に何度も通ってくれていたということは、彼もそれなりに興味を持ってくれているんだろう。仲良くなれるかもしれない。わたしはにこりと笑って、口を開く。



「きみ、名前なんて言うの?」



すこしだけ間を開けて、「摂津万里。アンタは?」と小さく声を発した。わたしも「仁科あきらだよ、よろしくね万里」と返せば、万里は綺麗な顔で笑った。



(180618)