いちばんずるい



この間のデートで真澄に初めてときめいた。そんなことを言えばきっと彼は「じゃあ結婚する?日取りはいつがいい?俺は明日でもいい」なんてことを言いかねないので誰にも絶対に言わないけど。(ちゃんと脳内で彼の声付きで再生されるのだから怖すぎる)同じ学校の咲也に詳細を聞いてみれば、「真澄くんですか?すごく人気ですよ、女の子から!」と情報を簡単に明け渡してくれた。やっぱり昨日声をかけられていたのは、所謂ナンパというやつらしい。なんだかあの可愛らしい女の子たちには本当に申し訳ないことをした…と反省。クッションを抱いてテレビを見ながらそんなことを思っていれば、扉が開いて入ってきたのは真澄。



「アンタひとり?」
「うん、今日は午前で大学終わったから」
「じゃああきらのこと独り占め」



そう言って嬉しそうにわたしの隣に腰を下ろして肩がくっつくくらい近寄る。こういうのを、好きでもない人にやられると嫌なもんだけど、真澄はなんかもう慣れた。こうしてくるのが当たり前すぎて、近くにいて、いつも好き好き言ってることが日常になってしまった。今日は学校で何があったとか、この後の稽古でわたしと会えないのがさみしいだとか、そんなことばかりを紡ぐ真澄は、弟みたいで素直にかわいい。どうしても年下の子は弟のようにしか思えなくて、これから先真澄の気持ちに答えていけることはあるのだろうか。答える自信もないのに、こうして隣にいるのってどうなんだろう。考えれば考えるほど、よく分からなくなる。「ねえ聞いてる?」という真澄の声は構ってくれというオーラむき出しで、なんだか可愛かった。



「聞いてるよ、女の子に呼び出されたって…告白?」
「そう、だと思う。けどよく分からなかった」
「真澄モテるんだってね」
「アンタから好かれないと意味ない」
「はいはいありがと〜」
「俺本気なんだけど」



そう言って、わたしの手に重ねていた真澄の手が頬に触れる。そのまま、口の端っこにちゅうっという可愛らしい音をたてて柔らかな感触。キスをされたのだと脳が分かるまで、そう時間はかからなかった。びっくりして目を見開いているわたしと、恍惚の表情を浮かべる真澄。先ほどよりも身体の距離が近い。どうしてこういうときに限ってリビングに誰もいないんだろう。きっともう一度しようと思ったのだろう真澄の端正な顔が近づいてくるのを感じて、慌てて手のひらで真澄の口元を覆った。



「……なに」
「いやいやいやおかしいでしょ!こっちのセリフでしょ!」
「キス、したいからした」
「……」
「あきら、俺本気だから」
「もうわかったから、は、離れて…」
「離れる前にもういっかいしてもいい?」
「だめに決まってんでしょ!嫌いになるから!」
「えっ」



そう言えば、ぱっとわたしの手を離してゆっくりと離れる真澄。ソファの端っこにずれた彼からは、「嫌いに、なった?」と小さな声が零れた。その声色はあまりにも弱弱しくて、いつもグイグイとアピールをしてくる彼のそれとは違ったので驚いた。ふう、と息を吐いて、状況を整理しようと頭を回転させる。真澄は、わたしに振り向いてもらいたくてキスをした。わたしも別にこれが初めてのキスというわけではないし、そこまで子供じゃない。ただ、この中途半端な気持ちでは真澄の本物の気持ちには答えられないのである。「おいで、真澄」と手を広げれば、おずおずと遠慮がちに寄ってくる。まるで猫のようで、かわいい。



「ごめんね、ちょっとびっくりしちゃって」
「嫌いになった?」
「ふは、なってないよ」
「ほんとに?」
「なってないけど、いきなりキスするのはやめてね」
「……する前に言えばいいってこと?」
「ち、が、う」
「……」




明らかに不満そうな顔でわたしを見つめる真澄の背中をぽんぽんと撫でてやる。どう足掻いても、わたしはこの子を嫌いになることはできない、きっと。本当に、厄介な子に好かれたものだと、彼のぬくもりを感じながら思った。いちばんずるいのは、この状況に甘えているわたしなのだ。




(180620)