たとえば甘くてどろどろ



「あ、あの!」
「すみません!」



くるりと振り向けば、そこには声をかけてきたであろう見知らぬ女の子たちがいた。制服を着ているということは、どこかの高校生だろうか?2人組の女の子のうち、一人はどことなく緊張感にあふれた彼女のカチコチの表情を、そしてもう一人は「はやく渡しちゃいなよ!」とその子の背中をぐいぐいと押している。そこで、自分が彼女たちのことを観察するようにじいっと見つめていることに気付いた。失礼だったかもしれない。わたしが「なんでしょうか?」とやわらかい笑みをつくって答えれば、カチコチだった彼女の表情はほっとしたようなものに変わる。そうして、ごそごそと手に持っていた紙袋の中からかわいらしくラッピングされた箱を取り出したのである。



「あの!劇団の方ですよね!?これ、真澄くんに渡してもらいたくて…!」
「ああ、バレンタインのチョコレートですね。わかりました、碓氷に伝えておきます。ありがとうございます」



彼女から受け取ったチョコレートを見て「直接渡さなくていいんですか?」と問えば、「さっき渡そうと思ったんですけど、受け取ってもらえなくて…」としゅんとしたような答えが返ってきた。真澄め、いつもファンサービスは徹底しろって言ってるのに。「ありがとうございます!よろしくお願いします!」とぺこり頭をさげて去っていく女子高生。(高校生、なんてまぶしいのだろうか)(わたしも数年前は高校生だったのに、今ではあんな輝きは持ち合わせていないような気がする)
バレンタインだというのに、わたしには彼氏のひとりもいない。まあ、彼氏がいたところで劇団の方が忙しいし、チョコレートどころではないだろうけど。きっと、デートだってままならない。一応、カンパニーのみんなにはチョコレートを用意しているし、昨日の夜にクッキーも焼いてみた。(臣くんの手を借りずに作ったけれど、臣くんにも褒めてもらったので今日ちゃんとラッピングしたものを渡すつもりだ)(味見をしてもらった本人に渡すのはなんだかおかしな話ではあるけれど)そんなことを思いながらゆっくりと寮の扉を開けば、わたしの「ただいま〜」という声を聞いたのであろう真澄が駆け寄ってくる。



「あきら!おかえり」
「あっ真澄、ちょうどよかった!これ、そこで女の子たちからもらったの」
「……あきらが?」
「違う違う!真澄宛だよ!可愛かったな〜あの子達」
「…いらないんだけど」
「えっ、せっかくくれたのに…」
「俺がほしいのはアンタからのチョコだけだから、アンタから貰わないと意味ない」



手渡したチョコレートを、苛々したような表情で突き返された。なかなかに困りものだ。あんなに可愛い子たちが心をこめて作ってくれたものを食べないというのだから。それでも、こういうことを言われた時には真澄はわたしのことが好きなのだと再確認してしまう。本当に仕方のない子だ。こうなってしまった真澄には、きっと何を言っても無駄だろう。はあ、と溜息をついて真澄を見れば、頬を赤らめてなにかを期待したようなまなざしをこちらに向けてくるのだから笑った。「この子たちからの分は先に監督さんに渡してチェックしてもらうようにするよ」と言えば、彼は頷いて「カントクが食べればいい、俺はあきらからのチョコ食べるからお腹いっぱい」なんてかわいいことを返してくれる。「ねえチョコは?」と言いながらぐいとわたしの腰を引き寄せる真澄。あまりにも顔が近かったものだから、無言で真澄の胸をぐっと押し返した。



「なんで距離とるの」
「…っていうか真澄が近いの!」
「いいじゃん別に」
「良くない!ほら、これ、チョコあげるから!それ食べて大人しくしてて!」
「…あきらが食べさせて」
「自分で食べろ!」



お願い、だなんて言われてしまえば、なんだかんだで彼に甘いわたしはひとつぶひとつぶ食べさせてあげることになってしまった。リビングのソファに座ってそんなことをしているもんだから、周りのみんなもなんだから微笑ましい表情をこちらに向けているのがわかる。(綴の「真澄、またやってるのかよ…」なんていう呆れた声も聞こえたけれど)疲れた様子で仕事から帰ってきた至さんにその光景を見られ、彼は「えっなについに餌付け?」とニヤニヤして言う。「至さんも織から餌付けしてもらったら?」なんて毒づけば「生意気」と容赦なくげんこつが降ってくる。わたしにずっとくっついたままの真澄は、満足げにチョコレートを食べ切り、「箱、取っておく」と大事そうに抱えた。彼氏はいないけれど、こうしてあげられる相手がいるというのもなかなかいいもんだなあと、そんな真澄を見てひっそり思ったのは内緒。




(180809)