ことばでも魔法でもない何か



大学に入ってみて思ったことは、やっぱり自由だなということ。服飾系の専門学校に通うことも考えたけど、結果的に大学にして良かったかもしれない。どちらにせよ、服飾関連の職業に就く気があるかと言われればそうでもないし。それ1本でやっていく、という勇気がわたしにはまだないのである。後期になってからファッション系の授業もいくつか履修しているし、少しは知識をつけられそうでワクワクしているのは確かだ。
今日は3限からだし、早めに行って学食でお昼ご飯を食べよう。誰か友達誘おう、連絡しないとなあ。そう思いながらゆっくりと化粧を施す。髪の毛も簡単にアレンジして出かけようとした矢先、音を立てて震えるわたしのスマートフォン。ディスプレイを見れば、臣くんからの着信。



「はーい、臣くん?」
「ああ、よかった出てくれて」
「?なにかあったんですか?」
「いや…良かったら一緒にお昼食べないかと思ってな」
「もちろんです!わたし今日は3限からなので、今から学校向かいますね」
「なら、着いたら連絡してくれ。俺も3限からなんだけど、もう学校にいるんだ」



「早いですね」と笑えば、「今日はいつもより早く目が覚めて」と臣くんも電話越しに笑った。着いたら連絡するということで一旦電話を切り、大学までの道を歩く。自宅から大学まではそう遠くなく、歩いて行ける距離なのが有難い。(夏場でも冬場でも、死ぬ思いをしなくてすむのが一番いい)
臣くんはひとつ上の先輩で、仲のいいお兄さんみたいな人。入学したての頃、写真部の勧誘を受けたのがきっかけで話すようになったのである。ただ、わたしは演劇部に入るつもりでいたのでその旨を伝えて断った。そこで演劇というワードに食いついてきた臣くんとご飯に行ったのが、最初の出会い。どうやら臣くんは演劇に興味があったようで、わたしが話すことをうんうんと真剣に聞いてくれて、わたしは臣くんのことが好きになった。(好きといっても、お兄ちゃんのような感じの好きだけれど)(臣くんにはなんでも話せてしまう、不思議だ)授業の履修を組むのも手伝ってくれたりして、毎度毎度かなりお世話になっている。わたしに何か返せるものはあるだろうか、と考えてみても現状なにも思い浮かばないのが辛い。
大学に到着し、臣くんに電話をかけようとすれば、探している人物は目の前に居た。ちょっと驚かせようと思ってそろりそろりと忍者のように近づいて声をかける。



「おーみくん!」
「!!わ、びっくりした…!」
「へへ、お疲れ様でっす!」
「驚かすなよ…」



そう言って胸を撫で下ろす臣くんを見て、満足げに笑う。少し恥ずかしそうな臣くんが可愛くてにやにやしていると、「笑うな」と言って頬を抓られた。自分でも、こんなに好きな先輩はほかに居ないと思う。なんでもできて、やさしくて、いつも他人のことを優先している彼。たまには自分を優先してもいいのになあと思うこともあるけれど、そういった性分なのだろうなあと考える。いつか、わたしに返せることがあるなら全力でやろう。そう思って、わたしはいつも通り彼に笑顔を向けるのだった。



「学食行きますか?」
「ああ」
「というか、すごい荷物ですねソレ」
「今日は早起きしたって言ったろ?」
「と、ということは…」
「お弁当、作ってきたんだ。あきらの分も」
「わあ!やった!ありがとうございます神様仏様臣さま〜!」
「はは、そんなに喜んでくれると嬉しいな」



はにかむように笑う臣くんは、やっぱりかっこいい。(かなりモテるらしいけど、彼女がいたというのは聞いたことがない)(わたしと知り合う前には居たんだろうなあ)と、そこでふと思ったことがひとつ。臣くんはわたしよりも先に学校に着いていたはず。そのあとにわたしに電話をしてきたのだから、わたしを誘う前からお弁当をふたり分用意していたということだ。もしかして、わたしよりも先に約束があったけどそれがキャンセルになったのでわたしを誘ったのでは?そこまで考えて、なんとなくモヤモヤとした気持ちになった。きっとわたしはしかめっ面をしているだろう。その表情を察してか、「…あきらなら来てくれると思ったんだ」と言ってわたしの頭をやんわりと撫でた。



「え、」
「もともと誰かを誘うつもりではあったんだけどな。あきらの顔が一番に浮かんで…だからあきらに電話した」
「…わたし、臣くんが誘ってくれて嬉しかったです」
「なら良かった」



そう言って笑う臣くんの笑顔と、撫でてくれる大きな手のひらの感触が心地よかった。「ありがとうございます、臣くん」と小さな声で言えば、彼も「どういたしまして」と言って楽しそうに笑った。




(180723)