てのひらでまろぶひかり



ただ単純に、綺麗な人だと思ったんだ。

俺が2年生になった春のこと。大学の正面入り口や通路では様々な部活の勧誘を行っている。この光景を経験するのは2度目のことではあるけれど、貰う側だったあの頃からもう1年が経っているのかと思うと、月日が流れるのは本当に早いなあと感じた。例に漏れず、俺が所属している写真部もチラシを配って新入生の獲得を目指していた。まだ初々しいばかりの、この間まで高校生だった彼らを見ていると、俺も昨年はああだったんだろうなあと自然と笑みが漏れた。おっと、チラシをちゃんと配らないと俺が先輩に叱られてしまう。そう思って顔を上げれば、そこには一人の女の子。ちょうどいい、声をかけてチラシを渡してしまおう。そう思って「すみません、」と声をかければ、ふわりとした緩やかな所作でこちらを振り返る彼女。おおよそ1年生とは思えないその表情に、ドキリと胸が弾んだ気がした。



「なんですか?」
「ああ、えっと…1年生ですか?」
「そうですけど…」
「ああ、良かった。俺写真部の2年で…写真に興味ないか?」



そう言って、自作のチラシを手渡せば彼女は「わあ、綺麗な写真」と一言呟いた。その一瞬で表情が緩んだ彼女は、じいっとその写真を見ている。もしかして、興味があるのだろうか。だとすればとても嬉しい。写真部はあまり人がいないから、本当に部員を募集しているのだ。肩より少しだけ長い彼女の髪の毛が、春の風に乗ってゆらゆらと揺れる。ああ、いいな。風景だけではなく、こういう子のポートレートなんかも撮ってみたいもんだ。そんなことを考えていると、ぱっと顔を上げた彼女は眉を下げて口を開いた。



「あの、お誘いはありがたいんですけど…わたし演劇部に入る予定にしていて」
「演劇部?」
「はい。そっちに集中したいので、写真部には入れないんです」
「そうか…」
「せっかく誘っていただいたのに、すみません」


そう言って律儀に謝罪の言葉とぺこりとお辞儀をする彼女。しかも、彼女は演劇部に入ると言った。演劇と聞いて、思い出すのはアイツの顔。なんとなく興味が湧いて、どうにかして彼女を繋ぎ止めたかった。普段はこんな気持ちになることはないのだけれど、なんとなく。気が付けば「実は、演劇に興味があるんだ」と口が勝手に言葉を紡いでいた。良ければこの後の新歓に来てくれないか?という言葉も添えて。そうすれば彼女は案の定困った顔をして、俺の顔をじいっと見つめた。正直、新歓は参加した方が得だ。なにせ、飯代は先輩の奢り、つまりタダで飯が食えるんだから。1年生の時期しかできないこうした行為は、俺も昨年友達とよくやった。警戒心を解くようにニコリと笑えば、彼女もつられて口角を上げた。「じゃあ、少しだけ」そう笑って言った彼女と一緒に、新歓の場所まで向かうのだった。


◆ ◇ ◆


新歓に来た人数は予想をはるかに超えていて大所帯にはなっていたけれど、俺が彼女を連れて二人で来たもんだから、なにかを勘違いした写真部の先輩が俺たちを隣の席に当てがった。困ったような表情でお互い顔を見合わせて笑う。そうして席に着いて乾杯をしたところから、もうあとは自由な空間へと生まれ変わる。大人数の飲み会はこういうところも面白いもんだよな、とビールを片手に思う。



「え、これも伏見先輩が撮ったんですか!?」
「うん、こっちは去年の秋ごろだったかな」
「へえ〜…綺麗ですねえ…」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」



彼女は先ほどから俺の撮った写真を見ては、「へえ〜」だとか「ほお〜」だとか、言葉にならないような感嘆の声を上げていた。名前は仁科あきらというらしい。仁科さんは元から演劇をやっていて、この大学の演劇部に入りたくて入学したようだった。嬉々とした表情で演劇のことを話す彼女を、純粋に可愛い人だと思った。まだあどけない顔立ちの中に、ぐっと大人らしさを秘めているような、そんな表情。役者をやっているということだけあって、化粧もかなりうまいようだ。裁縫が趣味だと言っていたので、俺も手芸が好きなんだと言えばとても驚いた表情をしていて面白かった。



「なあ、あきらって呼んでもいいか?」
「もちろんです!伏見先輩に呼ばれるの、すごく嬉しいです!」
「その伏見先輩っていうのも、堅苦しいからやめてくれ」
「じゃあ…伏見さん?」
「臣でいい、さん付けもしなくていいからな」
「……臣、くん」
「………」
「ダメですか?さすがに呼び捨ては出来なくて…」
「いや、いいよ」
「…へへ」



上目遣いはずるい。俺のそんな気持ちも知らず、彼女は嬉しそうにニコニコと笑う。お酒の入った彼女の顔は少しだけほんのりとピンク色に染まっていて、またもやドキリと脈打つ心臓。出会ったばかりではあるが、彼女のことをもっと知りたいと思った。もっと話がしたいと思った。気が付けば、口からするりと「連絡先、教えてくれると嬉しい」なんて言葉が飛びだしたもんだから自分でも驚く。すると、あきらは嬉しそうに目を細めて「わたしもいつ聞こうか、チャンスを探ってました」なんて言うもんだから、酔っぱらってもいないのになんとなく体温が上がった気がした。




(180724)