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教室に着くと本当にギリギリで、友達に珍しいねなんて言われて苦笑いした。
私が席に着いた瞬間に先生が入ってきて本当に危なかったぜ…と息を吐く。

稀咲鉄太。
この響きを聞いて誰かが「神童」なんて言ってたのを思い出した裏側で彼が黒幕だった物語を思い出した。
主人公の名前や詳しいことは思い出せないけど、彼が恋した女の子は主人公のことが好きで、彼女を手に入れる為に色んな人を殺す男。そんなことを生まれる前の自分は誰かから聞いた気がする。

誰かは思い出せない。
ただその時見ていたであろう冷めたホットコーヒーの図と永遠にマドラーを動かす自分の手。きっと前世の私の友達が本の物語をどこかお茶を飲みながら話していたんだろう。

「(稀咲、鉄太…なんて呼ぼう)」

ここはその本の世界の中なのだろうか。
そうだったら笑えてくる。私はその世界にいながらもただ平凡な人生を送るのだ。ただの人間として。ちょっぴり選ばれた人達は羨ましいな楽しそうなんて思ったりして。なんつって。

ただ解せないのは稀咲くんが悪者って所で。あんなに綺麗な素敵なピアノが弾けるのに…きっと彼は真っ直ぐなんだろうな。今、誰も彼の内側に触れないならポッと出の、ただの私が小学生の間だけ触れてみたいと思った。
頭が良くて、察しもよくて、優しくて、真っ直ぐなあの子のことが私はあまり嫌いになれない。






朝の会が終わるとすぐにあの音楽室へ移動する。その時だった。私は先生に声をかけられて小走りで近寄る。

「さっき、貴女歌ってたわよね?」
「えっ」

まさか聞かれてたのか、と少しの恥ずかしさに頬が熱くなった。先生は続けて「ピアノ弾いてたのって稀咲くんよね?」と少し興奮したように言って私は頷いた。

「あの子があんなにピアノ弾けるなんて知らなかったわ…仲良いの?」
「いや、さっき初めて会って…」
「それにしても貴女達凄い良かったわ〜!先生感動しちゃった!」
「あ、ありがとうございます…」

どんどん語尾が小さくなるように返事をした。これは良いことなのだろうか稀咲鉄太、あんまりピアノ弾けること表に出したくないのではないだろうか。私はじわじわと汗ばみながら先生の話を静かに聞いていた。

「それでね、先生から提案なんだけど、今度の学芸会に2人で出てみない?」
「えっ」

先生は目を輝かせて私の両手を握りながら言った。私はひくりと口を引き攣らせてしまう。先生はしなやかに「クラスの合唱の後にフリースタイルみたいな形で先生達も歌を歌ったり踊ったりする枠あるじゃない?そこであなた達も…」と口を動かす。
まて、待って下さい先生。彼はきっと出たくないと思うし、なんならその練習の時間を作れないくらい勉学に励んでいるんです。汗がダラダラと流れるのを感じる。

「…き、稀咲くん忙しいみたいですし、やめ、」
「聞くだけ聞いてみてちょうだい!」
「あ、はい」

先生の勢いに白目をむいて「さぁ!合唱の方も気合い入れるわよ〜!」と張り切って去っていく後ろ姿をただ眺めていた。

というか、
そもそもあの子のクラス知らないな。





***






「え」

静かな音楽室にそれは響いた。
私は苦笑いしながら少し離れたところにいる彼に向かって「びっくりだよねぇ」と続けた。

あの後クラスを探して押しかけるのもどうかと思い次の日の朝にまた音楽室は向かったら彼はいた。
隅っこにある机の上にノートを広げて何かを書いていた。中身が少し気になるけど気にならないふりをして、小さな声で声をかけるとピクリと反応して顔を上げてくれたのだ。昨日の事を伝えると、冒頭に至る。

「一応やめとくって言ったんだけど、聞くだけ聞いてって言われて聞いた」
「…」
「あ、あと、朝の時間また邪魔しちゃってごめんね」
「…別に良いよ」
「え、あ、ありがと」

なんだか気まずくなってる自分が恥ずかしくなってしまう。どうやって昨日話してたか忘れちゃった。彼があの稀咲鉄太だと思うとなんだかムズムズしてしまう。許してほしい。そして気づかないでほしい。

「…君はやりたいの?」
「えっ」

彼は真っ直ぐ私をみて聞いた。
私はその視線に捕まったかのように逸らせないまま「…ちょ、ちょっぴり気になる気持ちはある」と素直に答えると彼は考えるような仕草をしてから続けた。

「放課後は時間作れないんだ」
「え、あ、うん…忙しそうだもんね…」
「…この時間は使えるよ」

彼は少しもごもごしたように言った。
私は首を傾げるとそのまま「君がそれでも良いなら、出てもいいよ」と言ってノートを閉じた。
私は一瞬思考が止まって「え、でも、この時間で何か勉強してるんだよね」と慌てて言うと彼はノートに目を向けて「…昨日組み立てたものを一晩寝かせて確認する作業だから」とそれを撫でた。

「それにヒナが…」

その言葉にもしかして、と私は手を叩いた。
「ヒナって言ってた塾の子!?かっこいいところ見せよ!」そういうと少し顔を赤らめて黙った彼に先生に後で伝えるねと続けた。

「よろしくね、稀咲くん」
「…うん」

彼に手を伸ばすと、少し戸惑いながらも握ってくれた。
私は一瞬止まって、誤魔化すように笑顔で腕をブンブン振るとびっくりしたように目を開いて彼が見るもんだから「いいもん見てもらおうね!」というと小さく頷いた。




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