花巻貴大×夏×「倒れる前に言って」斎藤




 びかびかと太陽が地面を照らす中、じゅうじゅう音を立てながら、肉の焼ける匂いが漂ってくる。
 日除けに立てられたタープの中でぼーっとしているだけでもこれほど暑いのだ。燃える炭のそばにいる男子はさぞかし暑いだろう。しかも煙がこもるから、とバーベキューコンロはタープの外に設置されている。

「タレは甘口と辛口どっちがいい?」
「ビールの人〜! ウーロン茶の人〜!」

 男子が一生懸命肉を焼いてくれている間、女子は女子で手際のいい子が仕切り、それぞれ準備を進めていた。
 あっという間にお皿や飲み物を配られていき、焼き野菜をカットする子もいれば、私の出る幕なんてなくなってしまう。
 こういうところが気が利かないって店長に怒られるんだよなあ。先日バイト先で言われたばかりの説教を思い出し、勝手に落ち込みながら、キャンプチェアに腰掛けた。

 一度座ると腰が上がらなくなりそうな座り心地の椅子に身を沈めていると、突然冷たいものが首筋に触れる。ビクリと体が揺れたのを「フハ」と笑う声が上の方から落ちてきた。顎を持ち上げて見上げれば、左手で口元を覆って肩を震わせる花巻が背後に立っている。この野郎。

「……なにすんの」
「いや、お疲れなのかと思って?」

 花巻は右手に持っていた缶ビールをずいっと押し付けてきた。クーラーボックスから出したまんまでだらだらと水滴を垂らすビール。さきほどの冷たいものはコレだったのだろう。当てられた右の首筋はまだ少しひんやりした感覚が残っている。
 受け取ってプルタブを開けるとプシュっといい音が響いた。幹事の男子による乾杯の音頭にのって缶を掲げ、すぐさま口をつければ口内にじわりと広がる苦味が喉を潤す。暑い日に飲むビールは最高だな。缶から口を離し「プハァ」と息を吐けば背後から「オッサンかよ」という突っ込みが入った。

「さっきからうるさいなー」
「だってンなゆっくりしてんのお前だけだよ? みんな忙しなく動いてんのに」
「そんなの花巻も同じじゃん」

 大学のゼミ仲間で集まった今日は、絶好のバーベキュー日和。誰だかの発案でやることになったはいいが、さすがに暑すぎやしないか。
 始まる前から疲れている私以外のメンバーはそれぞれの役割を全うし、男子力や女子力を存分に発揮している。その様子を眺めながら、元気だなあ若いなあと思っているあたり、オッサン発言も否定できないかもしれない。
 あまりの暑さに、肉が焼けるより早く1本目を飲み干してしまった。後ろに立ったままの男に空になった缶を振って見せれば、ため息をつきながらそれを受け取り、新しいビールと取り換えてくれる。

「わー花巻優しいー」
「棒読みかよ。つうかペース早すぎねぇ?」
「だって喉乾いたんだもん」

 冷房の効いた部屋でビール片手にお肉食べたい。匂いも煙も気にしなくて済むならそれが一番いいのに、なんてただのワガママで、暑さに対する八つ当たりだ。実際、目の前に肉がくればそれも気にならなくなるのだから。
 そのまま居座るところを見れば花巻も暑さにやられているのだろうか。ぐび、とビールを飲みこむことで上下に動いた喉仏をじっと見つめる。その首筋には汗がきらりと光っていた。

「花巻はあっち手伝わないの?」
「あー、俺日焼けNGなんだよネ」
「なにそれ芸能人?」
「いや赤くなるから嫌なだけ」

 確かに花巻の肌は、男の人にしては白い。日に焼けて赤くなる人と黒くなる人がいるけど、この白さならきっと前者だ。男子の大半は太陽の下で肉を焼いてるけど、あんなところ数分でもいたら真っ赤になってしまいそう。
 火傷のように赤く染まった肌を突けばきっと痛いんだろうな。そんなことを想像していると、じっと見すぎたのか、花巻が目線をこちらに向け「エッチ」と笑った。その顔がちょっとむかついたのでグーで殴っておく。

「みょうじ、ビールだけじゃなくて他のも飲めよ」

 辛口のタレに肉を浸して、ビールと交互に口に放り込んでいく。至福の時。ビールは再びなくなってしまい、花巻に次を頼めばビールだけでなくウーロン茶も持ってきた。

「えーなんで? おいしいのに」
「お前な、熱中症になっても知らねぇぞ」

 自身もビールしか飲んでいないくせに、ビールを飲むことによる熱中症の危険性を語り始める花巻。あまりの口うるささに「お父さんかよ」とツッコんだら頭を叩かれた。ちょっと、アルコール入ってるんだからやめてよ。

「いやマジで気をつけろよ」
「はいはい分かったってば」
「具合悪くなったら倒れる前に言って」

 大丈夫だって、という声は、花巻の真剣な顔を見て、飲みこんでしまった。その代わりに、缶ビールからウーロン茶の入った紙コップに持ち替え飲んで見せると、花巻は口元を緩ませる。なにそれ。その表情、本気で心配しているみたいじゃないか。

「そろそろ次の肉取ってきてやるよ」
「……うん」

 さっきから飲み物やら食べ物やら取ってくれたり、心配してくれたり、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるのはなんでなのかって聞いてもいいのだろうか。
 すでに日焼けしつつある男子の群れに飛び込み、皿に肉を持ってもらっている後姿を眺めながら、ウーロン茶を飲み干す。いい加減立ち上がって自分で注ぎに行こうかとも思ったけど、やっぱりやめて、花巻が戻ってくるのを待った。
 きっとお願いすれば花巻は仕方ねーなって言いながら聞いてくれるだろう。それが何故かっていうことは、まだ心の準備ができていないから聞けないけど、もう少しだけその優しさに浸りたいと思うから。

2017.08.01 斎藤