バカみたいに強い夏の日差しが、これでもかというほど私の首筋を焼く。
毎日体育館という日が当たるはずのない場所で部活をしているはずなのに、何故こんなに身体中が熱を帯びて痛くなるのか。
外での練習なんて1〜2時間の走り込みぐらいだというのに。その時間日焼け止めを忘れただけだというのに。
じりじりと痛みを帯びる首筋に手を当てれば、ボトルを洗ったばかりで冷えている手が冷たくて気持ち良い。
昼休憩中に体育館に戻らなければならないのに、どうしてか戻る気になれない。1歩でも動きたくなくて、どうにかこの場から瞬間移動できないかと考えてみた。
蛇口から溢れ出る水をボーっと眺れば、このまま頭から浴びたいなーなんて考えてしまう。そんなどうしようもないことを考えてしまうくらいには、夏にやられているのだ。
いつも走り込みが終わった男子達は、汗を流すために頭から水被ってる子が多い。
及川は髪型が崩れるからって言ってやらないけれど、あれを見ていると男子って良いなぁと思ってしまう。
「はぁ、暑い……」
少し無理をしすぎてしまっただろうか、一瞬くらっと目の前が揺れた。
水分もちゃんと取っているし、男子に比べれば走っても無いから全然倒れるようなことなんて無いはずなのに。
一瞬吐き気が催して、その場に座り込む。自分の膝を抱えてグッと下唇を噛み、意識を保った。
「みょうじ?」
「……花巻」
ふと光に反射してキラキラと光っていた地面に、影が差す。
視界の端に映ったのは見慣れた靴で、顔を上げれば同級生である花巻が目の前に立って首をかしげていた。
お昼ご飯は食べ終わったのだろうか、花巻もそこそこ夏バテしてるっぽかったからちゃんと食べれてると良いけど。
なんて部活仲間のことを心配できるようになったのは、この3年間の絆のおかげなのだろうか。
「なーにしてんの?」
「ボトル洗ってたの」
「ふーん。ちゃんと飯食った?」
「うん、おにぎり食べたよ」
私の目の前に同じようにしゃがみ込み、顔を覗きこんでくる。
立ち上がろうにも身体にまだ力が入らなくて、その体勢のまま話を進める。
「あんま顔色良くねぇな。熱中症とか気をつけろよ」
さらりと私の前髪を撫でて、眉間に皺を寄せる花巻。
自分達のほうが毎日滝のように汗をかいているというのに、すぐ人の心配をしてくるんだから過保護だ。
でも、そういうところが花巻の良いところだってこともちゃんと知っている。
だからこそ、ドキドキする。
「花巻達が頑張ってるのに、私が倒れるわけにはいかないよ」
自分の気持ちを隠すように伝えた、《達》という言葉。
その言葉は偽りなんかじゃないけれど、それでも私が1番目を追ってしまっているのは花巻で。
だけどそんな恥ずかしいこと、言えるわけなんか無いじゃないか。
熱に浮かされそうになる思考で、変なことを口走らないように言葉を紡ぐ。
「みょうじは女子なんだから、あんま無理すんな」
辛かったら休憩挟めよ。なんて、部活中コートを駆け回ってる人に言われたくない言葉をもらった。
どうして部活のメンバーは、こんな暑い中走り回っても倒れたりしないのだろうか。
不思議で仕方ないけれど、やっぱり身体の作りが違うのだろうか。
「ま、頑張りすぎんなって頑張り屋のみょうじに言ってもあんま意味ないと思うから仕方ねぇか」
頬を流れた汗を、花巻が首からかけていた自分のタオルで拭ってくれる。
ふわりと香る柔軟剤の匂いは普段花巻から香る匂いと同じで、花巻が至近距離にいるみたいでドキドキした。
頑張ってるって認めてもらえることは、嬉しい。
誰かに認めてもらうためにやっているわけじゃないし、お礼を言われるためにやっているわけでもない。
それでも自分の頑張りがこうして認められているというのは、素直に喜んで良いことなのではないだろうか。
その言葉だけでどこか心が軽くなって、不思議と吐き気が治まった気がした。
ちらりと顔を上げて花巻を見上げれば、優しく笑って目を細める。
「でも。倒れる前に、俺にちゃんと言って」
太陽の光が、花巻の色素の薄い髪の毛を照らしてキラキラと輝く。
それは私が花巻に恋をしているからとか、そういうフィルターがかかっているわけじゃないと思いたい。
どこまでも優しい花巻は、たまにズルい。
それがどういう意味なのか、きっと意味なんてないのに深く考え込んでしまう。
「……なんで、花巻に言うの」
そんなどうしようもない質問を投げかけては、後悔する。
気を遣って言ってくれただけだろうに、困らせるようなことを言ってしまった。
下唇を噛み締める私に、花巻は一瞬だけこちらを見て。
「だってみょうじが倒れたときに他の奴がみょうじのこと運んだりすんの、見たくねぇじゃん」
何を考えているかわからない表情で、そう言った。
花巻は、ズルい。
何も読み取らせてくれない表情で、すぐにそういう事を言う。
期待、してしまう。
「意味、わかんない」
「まだわかんなくていーよ」
心臓がうるさくて、花巻の声がよく聴き取れない。
こんなに近くにいるのに、どうしてしまったと言うのだ。
「その内、ちゃんと伝えるからさ」
暑い。熱い。
その言葉はまるで私の想いを肯定するかのようで。
いつ来るのか本当に来るのか、なんの保障もない《その内》を、私はまた1人期待することしかできないのだ。