五色工×お祭り×「それって俺のため?」斎藤




「ねぇねぇこれ行こうよ」

 友人が見せてきたのは、来週この近くである花火大会の広告だった。毎年恒例のそれに、去年までは中学の友人と行っていたが、今年はまだ誰とも約束はしていない。だから二つ返事でそれに了承し、さっそく相談を進める。あの屋台のあれがおいしいとかいうどうでもいい話から、何時にどこへ集合すれば間に合うという重要な話まで。そして、やはり一番大切なのは服装。

「浴衣着ない!?」
「いいねー! 写真いっぱい撮ろう」
「髪もさ、アレンジしてさあ」
「あー私髪飾り持ってないなー土曜買いに行かない?」
「行く行く!」

 一緒に持ってきたというファッション誌には、シーズンイベント総まとめ! と銘打った夏祭り関係の特集ページがあった。浴衣はもちろん、ヘアアレンジや化粧も浴衣に合うものが紹介されていて、それらをペラペラとめくりながら、あれでもないこれでもないと話は盛り上がる。
 持っている浴衣を頭に浮かべて、自分でできそうなアレンジを探し、それに合う髪飾りを想像すれば、それだけでもう楽しくて、わくわくと胸は高鳴った。ほら、もう屋台の香りが漂ってきたような気すらする。

「なまえはあれでしょ、写真撮って五色に送るんでしょ?」
「ていうか一緒に行けばいいのに」
「は!? なんでそうなるの」

 雑誌に載っていたメイク法を試しているときに、そんな発言をぼとりと落とされ、眉根に寄った皺のせいでアイブロウがずれてしまった。はみ出た茶色を指の腹でごしごし擦りながら、そんなことを言い放った友人を睨む。

 五色くん、とは同じクラスの男の子で、私のことが好き、らしい。
 白鳥沢に進学して最初の席替えで五色くんの隣になって、そこで少し宿題に困っていた彼を親切心で手助けして以降、ことあるごとに「好きだ」とか「付き合って」とか言ってきて、いつのまにかクラスごと五色くんを応援するようになってしまった。
 はっきり断れない私が悪いのかもしれないけど、それでも外堀を埋められたようで居心地が悪いと思ってしまうのは仕方ないだろう。今みたいにからかわれるのも、ある意味では自分のせいとも言える……けど、やっぱり五色くんのせいだと思う。

「なに見てんの?」

 そこにぴょこんと顔を出したのは、今話題に上がっていた五色くん。
 私の後ろから机の上に置いた雑誌を覗き込み、しばらくそうして目で雑誌を確認すれば、何を相談していたのか分かったのだろう。隣に置いていたお祭りの広告を手に取り、きらきらとその大きな瞳を輝かせ始めた。

「祭!? 来週あんの!?」
「そうだよーなまえと行くの。いいでしょ」

 そんな言い方しなくてもいいのに。目の前の友人をじっと見つめる。ほとんど睨んだといってもいいほどだが、友人は全く意に介さないようでニヤニヤと口角を上げている。
 五色くんも五色くんでその言葉に乗っかって「いいなー」なんて言うから困る。しかも五色くんには悪意がないから余計に厄介だ。それに私が困ってるっていうこともきっと分かってくれない。

「ねぇなまえにどれが似合うと思う?」
「え? なになに?」
「浴衣着るんだよ」
「え!? みょうじさん浴衣着んの!?」

 だからそういうこと言わないでってば! 楽しくて仕方がない様子の友人には視線だけの抗議では何も響かず、私のため息も通り抜けていくだけ。
 勢いよくこちらに振り向いた顔は、やっぱり期待に満ち溢れていて、勘弁してほしいとも思う。どうしてそうまっすぐなんだ。そのまっすぐな想いを向けられる方はたまったもんじゃない。

「いいなー俺も行きたい、けど」
「行かないの?」
「うーん練習あるからたぶん行けねぇ……」

 強豪バレー部には花火やお祭りと言った夏のイベントも関係ないということなのか。しかしよく考えればそれもそうだ。県予選で優勝したからインターハイに出るんだって教えてくれたのは他でもない五色くんで、応援してくれよなって頼まれたっけ。もうすぐ夏休みだと浮かれている私たちとは違い、インターハイに向けて練習は厳しくなっているのだろう。落ち込む五色くんの顔を見ていれば、それくらいは容易に想像できた。と言ってもその練習量は私なんかには想像もつかないだろうけど。

「残念だね、なまえ」
「え? なんで私が」
「えーだって、ねぇ?」

 この友人は、本当に私と五色くんがどうにかなればいいと思っているらしい。それは人目を気にせずアピールしてくる五色くんのせいなのだが、今のこの状況ではただただからかいたいだけの友人の方がタチが悪い。

「みょうじさんなら何でも似合うと思うけどなあ」

 色んな髪型が並んだページを眺めているだけなのに、それを見る五色くんの目が柔らかく細められる。
 五色くんがたまに見せるそういう表情が本当に毒だ。だから無下にもできなくなってしまう。その上そんなこと言われて、頭を抱えたくなった。きゅうんと胸の奥で音を立てたような気もするけど、きっと気のせいだ。

「もし、俺とみょうじさんとで一緒に花火見に行くとするでしょ」
「……行く予定、ないけど」
「だから“もし”だって! で、そしたらその時も浴衣着てきてくれるかなーとかこんな風に髪型悩んだりすんのかなーって考えたらすげぇ楽しくなってきた!」
「な、なにそれ」

 もし、もし五色くんと花火を見に行くとしたら?
 背の高い五色くんの隣に並んで見劣りしないように精一杯頑張るだろうとは思う。でも、だから? なんで?

「だってそれって、俺のため、だろ?」

 ねぇ、それただの妄想でしょ? なのにそんなに嬉しそうな顔されたら強く否定もできるわけないし、本当は否定する気だってないんだよ。友人たちはそれに気づいてるからずっとからかってくるんだって自分でも分かっているけど、なかなか素直になれずにいる。五色くんみたいなまっすぐな人が、私みたいなのでいいのって思っちゃうじゃん。眩しいくらいの想いを向けられて、揺らがないはずないんだよ。だから本当にたまったもんじゃない。その笑顔は心臓に悪いって自覚してほしい。

「もし五色くんと行くことがあれば、」
「ん? ん!?」
「そう……かもしれない」

 詰まり詰まりながらも発した言葉は五色くんにちゃんと届いたらしい。ぱあっと明るくなったその顔をすぐにくしゃっと崩す。私のちょっとした言葉でこんなにも喜んでくれる人きっと他にはいないだろうなって、そんなことを思えばつい緩くなった口から願望が溢れてしまった。

「い、いつか行けるといいね」
「行けるといいじゃなくて絶対行く! 行こ! な!」

 人の指をさらりと奪って「ゆーびきーりげーんまん」と歌い始めた五色くん。その奥に見える友人やクラスメイトの顔がもれなくにやついていて、やってしまったと後悔してももう遅い。
 認める、認めるから。とっくに五色くんのこと好きになってるって。だからこの状況、どうにかしてくれませんか。

2017.08.14 斎藤