夏は、あまり好きじゃなかった。
できれば夏休みは極力家から出ずに永遠とクーラーの下で過ごしていたいくらい。
それでも私は単純で、同じクラスの気になっていた五色から夏祭りに誘われた瞬間、二つ返事でオーケーを出していた。
たまたま席替えで近くなって仲良くなった程度の五色から夏祭りに誘われるなんて未だに信じられなくて、それでも多分クラスメイト数人で行くのだろうと思えば私は特別なんかじゃないと再認識できた。
当日は夜と言っても炎天下、更には人混みが予測された。
少しでも当日までにクーラーの下で過ごそう。当日数時間を乗り切るために。
なんて思っていたことが間違いで、むしろ少しでも外に出て暑さに慣れておくべきだったのではないだろうかと今になって後悔している。
「みょうじ、腹減ったか?」
「え、ん、んー、大丈夫。五色は?」
「部活終わりだから腹減った」
「好きなもの食べて良いよ」
なぜ私は今五色と2人でお祭りを周っているのだろうか。
待ち合わせ場所に着いても五色しか居なく、「クラスの子は?」と尋ねた私に逆に不思議そうに「お前しか誘ってねぇぞ」と言われてしまった。
り、理解ができない。
「みょうじなんか食いたいものねぇの」
「大丈夫だよ」
他の子に少しでも差をつけようと気合いを入れて浴衣なんて着てきたせいで余計に恥ずかしい。対する五色は部活終わりでTシャツと短パンだ。
暑い。浴衣は涼しいなんて言ったの誰だ。
動きにくいし苦しいし暑いし、さっきから軽い熱中症になっている気がする。
辺りをキョロキョロと見回した五色が、「じゃああれ」なんて言って焼きそばの屋台へと近づいていく。
そんな後姿を眺めながらできるだけゆったりとした歩幅で歩けば、当然背丈も違う五色との距離は空く。
手、繋ぎたいな。なんて、ただの友達からお願いするのは気持ち悪いよねと諦めた。
「ここの焼きそば美味いって川西さんが言ってた!」
「部活の人?」
「おう」
焼きそばの屋台で目を輝かせる五色は何だか小学生みたいで、本当に同い年かなと疑いたくなる。
それでも五色のテンションがいつもより高いのが面白くて、新しい五色の一面を見れた気がして私も嬉しくなった。
暑い、のどが渇いた、身体が重い、頭が痛い。
そんな身体からの危険信号を無視して、少しでも五色の隣に居たいと笑顔を作った。
あと数時間我慢すれば、いくらでもクーラーの効いた部屋で全裸でゴロゴロできるんだ。
今しか、五色を1人占めできる時間はない。どちらを優先するかは、明白だった。
「みょうじも食うか?」
「んーん」
「飯食ってきた?」
「そういうわけじゃないけど」
身体がご飯を求めていないという言葉は、伏せておく。
「私、冷たいものが食べたいな」
「良いな。カキ氷探すか」
控えめにそう提案すれば、また目を輝かせる。さすが男子高校生、食欲が凄い。
焼きそばを啜りながら何味を食べようかなんて迷っている五色に笑ってしまえば、不貞腐れたような顔がこちらを向いた。
凄い。今日はいろんな五色が見れる。それだけで私のテンションはうなぎのぼりで、もうなんだって我慢できる気がした。
そう、気がしただけだ。
「っ、」
「うわっ!?」
ふと瞬きをした瞬間、揺れる世界。
あ、やばい。そう思った時にはもう遅くて、身体から力が抜ける感覚がした。
何とか意識を保ったは良いが、咄嗟に五色のTシャツを引っ張ってしまったようで驚いたように身体を支えられる。
やばい。熱中症だ。疑いもなく自分でわかる。
「どうした?体調悪いのか?」
「ごめ、ちょっと、人混み抜けて良い?」
吐き気が一気に催して、人混みの様々な臭いが混ざったこの場が気持ち悪くて仕方ない。
五色に支えられていることに照れる余裕もなく近くの神社へと入れば、しばらくしてやっと落ち着くことができた。
必死に深呼吸をする私を心配そうに見つめる五色に、悪いことをしてしまったと罪悪感がわく。
余裕が出てきてからは、時折「大丈夫か?」って背中を擦ってくれる五色にキュンとしたりした。
「体調悪かったんだな。悪い。帰るか?」
「あ、ううん。大丈夫。ゆっくりしたら落ち着いたし」
まだ、一緒にいたい。そんな本音は全部隠して。
「でも顔色悪いぞ。風邪か?熱とかあるんじゃねぇのか?」
「いや、私普段家から出ないから。久しぶりの外の気温にやられたみたいで……」
こんな引きこもりだということを知られることすら恥ずかしいけれど、ここで帰らされるわけにはいかない。
この後の五色とのイベントは0予定であり、つまりここを逃したら私は五色と夏休み明けまで会えない。
そう思うといくら体調が悪くても帰りたくないと思ってしまう私は、きっと五色を気になっているどころじゃなくて好きなのだ。
何を今更自覚しているんだと恥ずかしく思ってしまう。
「気合いいれて浴衣まで着てきちゃったし、動きづらくて仕方なかったわ……」
迷惑かけてごめんと謝れば、五色はジッと私を見つめる。
どうしたんだろうか。その大きな瞳に見つめられるとどうしたらいいかわからず、ぼさぼさの髪の毛を手グシで整えたりしてみる。
意味がないことなんてわかっている。
「なあ。それってもしかして、俺のため?」
「へ」
「浴衣、着てきたの、俺のためとか、思ったら自惚れてるのか……?」
何が。なんて言う前に、五色が深いため息をつきながらその場に座り込んでしまう。
手を伸ばしたところで勢いよく顔を上げた五色のせいで、反射的に引っ込めてしまった。
「みょうじ、浴衣姿で来ると思ってなかったから、なんか、今日俺、すっげー、テンションおかしい……悪い……」
「え、あ、えっと、うん……?」
「気づいてやれなくてごめん!とりあえず、冷たいもん買ってくるから待ってろ!」
「え、ちょ、五色!」
勢いのままに立ち上がり私から離れていこうとする五色は、さっきの言葉の意味を理解する余裕なんて与えてくれない。
反射的にTシャツの裾を掴んでしまえば、真っ赤な顔をした五色がこちらに振り向いた。
さっきの言葉を、理解してしまう。
その言葉こそ私の自惚れになりそうで怖かったけれど、きっと自惚れなんかじゃないって、思って良いのだろうか。
「とりあえずこれ、飲んどけ!水分補給!俺の飲みかけ、だけど……。嫌じゃなければ!」
そう言って押し付けられたスポーツドリンクは既に生ぬるくて、きっと部活中に飲んでいたものなのだろうと察した。
遠くなる背中を見つめながら、迷惑をかけているのにどこまでも優しい五色にドキドキは止まらなくて。
それでも頑張って浴衣着てきて良かったななんて思ってしまう私は、やっぱり単純でどうしようもない。
五色が帰ってきてもう1度お祭りをまわるときは、勇気を出して手を繋いでも良いか聞いてみようか。
それから、今後の夏休みの予定も。