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買い物に行きたい。そう言い出したナマエに1度はめんどくさいと断ったものの、何度も強請られれば俺が折れるしかなくて。

とくに買いたいものも無い中で、ナマエに腕を引かれるがままに家を出た。

せっかく土日に部活が無いというのに、なんでナマエの相手なんかしなくちゃならねぇんだ。

土日というだけあって駅のホームには人が多く、これは満員電車確実だなとため息が漏れる。



「何買うんだよ」

「洋服」



うわ、それ絶対俺荷物持ち要員じゃん。

あからさまに嫌そうな顔をした俺に、ナマエはにこっと末っ子気質な笑顔を浮かべた。

しばらくしてやってきた電車は想像通り満員で、乗りたくない気持ちが出てきてしまう。

だが1本待とうがこれに乗ろうが空いてないことは明白で、仕方なくナマエの手を引いて電車へと足を踏み入れる。

扇風機は生暖かい風を送るだけで、車内の密閉された空間は汗の臭いだとか香水の臭いで吐きそうだ。



「ぎゅうぎゅうだね」

「土日だからな」

「堅治、大丈夫?」

「大丈夫じゃねぇよ」



俺よりも小さく細いナマエじゃ押し潰されるだろうと、扉側に立たせたのは正解だった。

ナマエの顔の横に腕をつき、何とか背中に感じる人間の重みに耐える。

何で俺がナマエのこと守ってやんねぇといけねぇんだ。

なんて悪態をつきたくなるものの、年下の幼馴染であるナマエへの対応は、きっと昔からの擦り込みだからもうどうしようもない。

ナマエを泣かせたら全部俺のせい。ナマエが勝手に転んで怪我して泣き出そうが、母ちゃんに怒られるのはいつも俺だった。

だからだろうか、この歳になってもナマエを無意識に庇ってしまう。

本当、嫌な擦り込みだ。



「ナマエ、流されないように気をつけろよ」

「うん」



扉に寄りかかりながら、窓の外をボーっと眺めているナマエは本当に俺の言うことを理解しているのか疑問だ。

電車が停車して、扉が開く。

人が出入りしやすいようにナマエと一度外に出て、人が降りたのを確認してからまた中へと足を踏み込んだ。

外のほうが空気が上手いと思うのは何なんだ。



「わっ、」

「おい、気をつけろよ」

「ご、ごめん」



恰幅のいいサラリーマンにぶつかり、ナマエがよろけた。

転びそうになったナマエの腕を咄嗟に掴んで体勢を直させれば、申し訳なさそうにしょげる。

絶対今、ナマエより俺のほうがヒヤヒヤしてた。

降りた人数より乗った人数が多ければ、そりゃ電車は更に人で溢れ返るわけで。

流石にナマエと俺の間にスペースを保つのもきつくなってきた。腕が痛い。



「堅治、大丈夫?辛くない?代わる?」

「バカか、ほそっこい腕して何言ってんだよ」

「う、ごめん……」



役立たずでごめんと謝るナマエだけど、もしこれでナマエがめちゃくちゃ筋肉がついていたとしても女に庇われるのは最高にダサすぎるから辞めて欲しい。

そう思えば、ナマエがひょろひょろで良かったかもしれないと思った。

なんてことを考えている間にも、電車は勢いよくカーブを曲がって。

その拍子に手すりに掴まっていなかったのだろう人が俺の背中へとのしかかって来て、流石に耐えられない。

勢いのよすぎる衝撃に腕の力が抜け、思いっきり頭を窓に打ち付けた。



「いってぇ……」

「け、堅治、大丈夫?」


鈍い音に、周りの乗客の視線が俺へと集まる。

後ろからは「すみません」と慌てたような声が聞こえてくるけど、それどころじゃねぇ。



「あー、最悪」

「おでこぶつけたよね?痛い?」



腕の支えが無くなって、ナマエとの距離が一気に縮まる。

腕を伸ばして俺の額へと触れるナマエの顔を、こんなに至近距離で見つめたのはいつぶりだろうか。

一瞬胸がざわめきかけて、すぐにその手を制した。



「別に平気だけ、ど……」

「堅治?」


俺とナマエの身体の隙間は、0センチ。

未だに手すりに掴まっていないのだろう奴らが、ぎゅうぎゅうと俺の背中を押してきてはナマエとの距離をつめられる。

その度に、ナマエの胸が俺の身体へと密着して、形を変えた。

これは、やばい。

いつの間にか女性の身体へと変貌を遂げたナマエを意識したことなんて無かったのに、これは、流石に……。



「っ、わる、」

「大丈夫だよ?私、そう簡単に押し潰されたりしないから」



無理しないで。と笑うナマエは、きっと俺が必死に離れようとする意味がわかっていない。

自分が押し潰される心配をされているのだろうなんて、ノンキに考えているようだ。

違う、そうじゃない。

お前の胸が俺に当たってるんだよ。なんて、そんな恥ずかしいことをこんなところで言えるわけもなくて。

電車が揺れるたびに、ナマエの胸が一瞬離れて、またその柔らかい感触が触れる。

頭がどうにかなりそうだ。



「っ、」

「堅治?どうしたの?やっぱり苦しい?次の駅で場所変わる?」



くっそ、何で俺がこんなに意識しなくちゃならねぇんだ!

ナマエはただの幼馴染で、年下の乳くせぇガキで、妹みたいなもので。

なのになんで、こんな興奮してるんだ俺は!小学生か!

目の前のナマエは不思議そうに首を傾げながら、「早く着くといいねー」なんて言いながら俺の胸板へと寄りかかってくる。

こいつ、ほんっと……



「……少しは意識、しろよ……!」

「へ?」



俺だけがこんなに意識して、バカみたいじゃないか。

いや、完全にバカだ。

思春期恐るべし。とでも言っておきたい。

思春期の男だったらこれが正しい反応なのだ。そうだ、そういうことだ。

反応しそうになる下半身は俺が正常な証だ、落ち着け俺。大丈夫だ。

自分に何度も言い聞かせて、慰める。



「何でもねーよ、バカナマエ」



知らない内にエロい身体つきになったナマエに興奮しているわけなんかじゃないと、思いたいのだ。

ちらりと見上げた電光掲示板は、次の駅まであと5分。

快速に乗ったことを最高に後悔しながら、俺は必死に覚えてもいない円周率を数え出した。
二口と満員電車で密着

20170728 紫苑