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 連日続くあまりの暑さに全員溶けそうになっていた。
 太陽の光は地面から跳ね返り、空調のない体育館は蒸し風呂状態。体感温度は40度近いのではないだろうか。その上、あちらこちらから響いてくる蝉の声にも耳を塞ぎたい。
 いくらここが比較的涼しい森然高校とはいえ、限界は限界だ。

 うめき声ばかりで言葉にもならないほどのその訴えは、無事大人たちにも届いたらしい。昼食を食べ終えた頃に、買い物から帰ってきたコーチ陣が両手に抱えていたのは、参加者全員分のアイスだった。
 ディスカウントショップのロゴが印字されたビニール袋には、安価でかつたくさん入っている箱アイスが大量。各校マネージャーが集められ、配ってやってくれと頼まれれば、断るはずもなかった。

「俺こんなの三口で食えんだけど」
「文句あるならコーチに直接どうぞ」
「ナンデモナイデース」

 たいていの人はありがたいだとか生き返るだとか言いながら取っていくのに対し、唯一我儘を漏らしたのが我が校の末っ子だった。その後ろで世話係が眉を顰めていることにも気づいていない様子で、一人に割り当てられるアイスの少なさに不満を言う。
 各校全部員を合わせて何人いると思っているんだ。いくらなんでもこの人数分のアイスを買うとなればそこそこにお金がかかることだって分かるだろうに。
 呆れた気持ちを抑えながら冷やかに対応すれば、末っ子こと木兎はしぶしぶソーダ味を選んで順番を次に譲った。

「ナマエのそれ何味?」
「ん? いちご」
「えー? そんなのあった?」
「なくなりそうだったから確保しといたんだ」

 配る人間の特権ということで、なくなる前に確保しておいたいちご味のアイスはサクサクといい音を鳴らす。
 コーチたちが運び、私たちが配る間に氷は少し柔らかくなっている。これはたしかに木兎なら三口で食べきってしまいそうだなあ、と横目で本人を確認すると、もうすでに何も残っていない棒を口に咥えてぶーぶー言っていた。早いな。隣で涼しげな顔してまだアイスを食べている赤葦は、その全てを無視している。

「なあナマエ、もう余ってねーの?」
「んー?」

 末っ子は諦めが悪いらしい。他のお兄さん方を見習ってくれればいいのに、眼中にないのか、さらなるアイスを求めてやってきた。
 アイスを咥えたままでは喋りにくいが、めんどうくさいのでそのまま「もうないよ」と答える。発せられた音は「ほーはいよ」だったけど、まぁ伝わるだろう。
 しかし諦めの悪い木兎は、その言葉を理解したにもかかわらずそばを離れようとしなかった。それどころか目の前に立ち、じっとこちらを見下す。なんなんだ。食べにくいんですけど。

「……お前のそれ、何味?」
「ひひほ」
「……うまい?」
「おいひーよ」
「食いにくそーだな!」
「おっきいからね、ってさっきからなに?」

 人がアイスを食べているというのに、どうでもいいようなことを問いかけてくる木兎にイラッとする。
 アイスから口を離して応戦すれば、「あ!」と大きな声を出され、もう一度口につけるように指示される。さらに意味が分からない。
 もっとゆっくり食えよと言ってみたり、溶けそうだから舐めた方がいいんじゃねーのと指示して来たり、その後も鬱陶しい木兎の指導は続く。
 あまりにうざいので全部無視してさっさと食べてやろうと思っていたら、彼もまたアイスを食し終えたのだろう、音駒の黒尾くんが木兎の背後からやってきた。「おーい木兎」とその声が聞こえた瞬間、木兎は私の頭を乱暴に押さえつけ、無理やり地面に向けられた。痛いし意味が分からない。黒尾くんも「何やってんだ?」と首を傾げているようで、隣の方から木葉の「セクハラしてんだよ」という声が聞こえた。……セクハラ?

「まーたしょうもないことしてんな」
「うるせー! なんだよ! お前には見せねーぞ!」
「いやいや、主将招集かかってっから呼びに来ただけなんだけど?」

 木兎が何をしたかったのかさっぱり分からなかったけど、これらの会話を聞いていればなんとなく分かってしまい、今更ながら羞恥心が込み上げる。
 もう本当にバカじゃないの!? 末っ子なら末っ子らしく純粋でいてくれればいいのに。なんて男子高校生には無理なお願いかもしれないけど。
 いまだ頭を押さえつけられたままで、いい加減首もしんどくなってきた。黒尾くんに気を取られている隙に勢いよくはらいのけてやると力を込める。ついでに殴ってやろうと拳を握ったところで、ここまで木兎の言動を全て無視していた赤葦が口を開いた。

「ミョウジさん、思いっきり齧ってやってください」

 意図の伝わったらしい黒尾くんによって手がはらわれ、軽くなった頭を上げる。そして赤葦の言うとおりに、口を大きく開け、残り少ないアイスをガツガツと歯を立てて齧った。

「っ……、なにすんだよ!」
「うるさいバカ! さっさと仕事してこい!」
「あー痛ぇ! 俺のじゃねーけどなんか痛ぇ!」
「知らないよ、もう! サイッテー!」

 やっぱり予想通りのことを考えていたようだ。両手で股間を隠して眉を顰めている木兎の胸に、立ち上がって思い切りフルスイングをかました。
 痛がる姿も全部大げさに見える。痛いのはこっちの手だ! このバカ!
 羞恥やら怒りやら、色んな意味で顔を真っ赤にして怒る私に対し、ジョーダンだよジョーダン! ワリーワリー! と心のこもっていない謝罪を口にして、それらしいポーズをとる木兎。木葉や赤葦だってそばにいたんだからもっと早く注意してくれればよかったのに。キッと睨みつけると、木葉は顔の前で手を合わし謝ってくれたが、赤葦は変わらず涼しげな顔を貫いていた。
 男子高校生と言えばくだらないことばかり考えていることは知っていたけど、もう本当に最低だ。

 ひとしきり謝って、ようやく招集場所へ向かい始めた木兎と黒尾くん。「あーでも今ので今日ヌける、俺」「お前ほんとバカだな」ってもう! 聞こえてるっつーの!

 最後の最後で余計な言葉を落として行った木兎の背中に「死ね」って叫んだことは、許してほしい。
木兎と疑似フェラ
アイスキャンディーは齧らないで

20170728 斎藤