▼ ▼ ▼

委員会で部活に遅れることは同じクラスの川西に伝えてあるから何も問題は無いはずなのに、無意識に足早になってしまうのはなんでなのか。

王者と呼ばれる白鳥沢でバレー部のマネージャをするというのは、何だかんだ言いながらも結構なプレッシャーなのだ。

早く行って、今日もたくさん仕事が待っている。少しでも皆がコート内でバレーができるように、頑張らなければ。

そう思うと今すぐにでも走り出したくなるが、ここは廊下であるために走ってはいけない。

自分のできる限りの早歩きで部室へと向かい、じんわりとかいた汗を拭うこともせず部室の扉を押し開く。

もう部活が始まって1時間半ほどたっている、部室に人が残っていることもないだろう。

そう思って勢いよく開けた扉の向こうには、見慣れた顔と見慣れない姿。



「は……?ミョウジ……?」

「し、らぶくん……!?」



着替え途中だったのだろう、そこには自分のロッカーの前で上半身裸のまま立ち尽くす白布くん。

2人して動きを止めて、見つめ合ってしまった。

それがどれくらい続いたのだろうか、はっと我に返り白布くんから視線を逸らす。



「ご、ごめんなさい!」

「いや、別に……大丈夫だけど」



白布くんの身体をできるだけ見ないように気をつけながら、部室へと入り扉を閉めた。

開けっ放しにしてたら誰が通るかわからないし、それこそ白布くんの身体をよその部活の人達に見せてしまうことになる。

視線を逸らしたまま部室内にあるテーブルへと荷物を置き、恥ずかしさを隠すために気にもならない前髪をいじった。



「だ、誰も居ないと思って……!」

「別に気にするなよ」



女の着替え覗いた男じゃあるまいし。なんて言いながら、制服をハンガーにかける白布くんの動作を横目で確認する。

本人はまったく気にしていないようだけど、私からしたら申し訳ないの一言に尽きる。

男女じゃ感じ方は違うのかもしれないけど、見られて気持ちの良いものではないだろう。ノックをせずに入った数分前の自分を恨んだ。

気まずい雰囲気をどう回避すれば良いかなんてわからなくて、無言を貫いてしまう。これが全然仲の良くない男性じゃなかっただけマシなのかもしれない。

それでも、彼氏の裸を見てしまったというのは何というか、恥ずかしい。

静かな部室に白布くんの動く音だけが響いて、それが何だか余計に緊張を煽った。

そろそろ着替え終わっただろうか。そう思って背後をそっと確認して、驚く。



「き、綺麗……」

「は?」



無意識の内に出てしまった言葉は白布くんの耳にも届いていたようで、顔を顰めながらこちらへと振り向く。

普段制服や練習着から覗いている腕は白くて細くて綺麗だなと思っていたけれど、それどころじゃない。

中世的な顔立ちからは想像もできないような柔らかく綺麗についた腹筋と、引き締まった腰のライン。

筋肉ムキムキって感じではないけれど、決して筋肉が無いわけでもない。程よくついた腹筋は、白布くんの白い肌にとてもマッチしている。

なんて綺麗な身体をしているんだろうかと、目を奪われた。



「白布くん、綺麗な身体してるね……凄い!」

「おい、ちょ……」

「ふあぁ……!前から肌白くて綺麗だって思ってたけど、腹筋も綺麗につけられてるし、本当、綺麗!」

「っ……!」



一度その美しさに目を奪われてしまえばもう自分を止めることはできなくて、さっきまで恥ずかしがっていた私はどこへ行ってしまったのか。

白布くんの腹筋へと手を伸ばして、その形を確認していた。

私が触れた瞬間にピクリと反応した筋肉にまた興奮して、夢中になる。

人というものは自分にないものを持っている人に憧れるらしい。だから、男の子なのに美人で色が白くて逞しい身体をしている白布くんには、憧れた。



「凄い凄い!きれ、」

「ミョウジ」

「ひっ!あ、え……と……。ご、ごめん……」



乾いた音がして、私の腕が白布くんの手に握られる。

それによって我に返った私は、自分が何をしたのかを思い出して一気に恥ずかしさが込み上げてきた。

彼氏とは言え、本人に許可を得ることもなく身体をベタベタと触ってしまった。まるで痴女じゃないか。

さっきの私の反応からもわかるように、私と白布くんは付き合っているけれどそういう身体の関係は無い。上半身を見るのだって今日が初めてだ。

それなのに、暴走してしまった……。



「ごめん……」



自分の痴態を今更隠せるはずもなく、私はただ白布くんに平謝りをすることしかできない。

今度こそ白布くんの身体は見ないように、視線を下ろした。私と白布くんの足元が目に入って、これなら興奮することは無さそうだと安心したのも束の間。

深いため息が落ちてきて、一気に不安にかられた。

こんな変態な彼女、真面目な白布くんは嫌だと思うだろうか。ああもう、どうしてこうなってしまったんだ。



「お前さ、もう少し落ち着け」

「ご、ごめ……」

「心臓、何個あってももたない」



罵声が飛んでくるだろうと覚悟していた私の心を無視して、飛んできたのはそんな言葉で。

反射的に顔を上げれば、今まで見たこともないくらい真っ赤になっている白布くん。

いつだって真面目でしっかりしていてはっきりと物事を言う白布くんでも、こんなに頼りない顔をして聴き取れないくらいの言葉を発することがあるのか。

その理由が、私のせいで。この顔は、白布くんも照れているということで。

私のせい。

そう自覚すると更に恥ずかしくて、それでいてたまらなく嬉しかった。



「ご、めん、ね……」

「おい、何笑ってんだよ」

「何か、嬉しくて」



いつだって余裕がある白布くんでも、照れたりしてくれるんだ。

嬉しくて、我慢しようとしても頬が緩んでしまう。

それにムッと不機嫌になった白布くんは、私の掴んでいた腕を引っ張って。2人の距離が、0になる。



「ちょ、白布く、」



未だに服を着ていない白布くんの上半身が私の制服越しにぴったりとくっついていて、恥ずかしい。

さっきの私は本当にどうして触れたんだ。勢いって怖い。

身体を押し返そうにも、むき出しの肩に触れて良いのか迷ってしまって、結局は添えるだけとなってしまった。



「俺の触ったんだから」

「へ……?」

「ミョウジのことも触って、良いんだよな」



言葉の意味を理解するよりも早く、白布くんの手が私の背中をなぞる。

その手が想像よりもあまりにいやらしくて、変な声が出てしまいそうになるのを必死に堪えた。

こ、こんな白布くん、知らない!

一気に上がる体温とうるさい心音はきっと白布くんに伝わっていて、耳元で小さく笑う声が聞こえた。

ああ、もう!



「白布くん、ぶ、部活行かなくちゃ!牛島さん、待ってるから!」



意を決して肩を押し返せば、その身体は簡単に離れて。

少しだけ、もったいないとか思ってしまった私は本当に痴女なのかもしれない。



「……ま、それもそうだな」



あっさりと納得をしたかと思えば、開きっぱなしだったロッカーから練習着を取り出してそれを羽織る。

隠れてしまった腹筋を惜しむ間もなく、白布くんはいつも通り試合をやっているときのような冷静さを取り戻していた。



「ミョウジも早く着替えてこいよ」

「う、うん」

「それと」



靴を履いた白布くんが、くるりと振り返る。



「次は待ったとかなしだから」



覚悟しとけよ。

ニヤリと笑ってそれだけ言うと、駆け足で部室を後にした。

うるさい程に高鳴る心臓は落ち着くという言葉を知らなくて。

初めて目の当たりにした白布くんの腹筋とか、企んだ笑みとか、いやらしい手つきとか。

全てが自分の感覚にまだ残っていて、心臓が何個あっても足りないのは私のほうだとその場に座り込んでしまった。
白布の着替え中に遭遇

20170805 紫苑